1/9インテ発行トムシズ本サンプル
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トムにされることなら何でも嬉しい。子供扱いをされるのだって、そんなに激昂するほどのことではない。だが最近拍車のかかる優しさにこんなにも不安を感じるのにはまた別の理由があって――。
「静雄?」
名を呼ばれて我に返る。顔を上げると既に上司の姿が数メートルも先にあった。いつの間にかぼんやりしていたらしい。静雄は「すんません」と、この距離では聞こえているかすらわからない声で呟き小走りに彼の元へ向かった。
「もう疲れたかァ? もう二件くらい回ったら何か食うべ」
「…うす」
少し下から伸ばされた手が“また”頭を撫でた。嬉しいような切ないような、何とも複雑な気持ちで静雄は笑った。
***
「っし、終了…っと!」
トムがパン、と小気味よくリスト表を指ではじく。
夕刻。本日の業務が無事終了した。時間はまだ遅くはなかったが冬ともなれば夕暮は早い。ベンチに座りセカンドバッグ内の金をゴソゴソと整えている上司を待ちながら、静雄は漆黒に冷えた空気を大きく吸い込んだ。
何だか、午後の業務には集中できなかった。今日思わずセルティにあんなことを相談してしまったからかもしれない。
今日あったことで思い出せたのは、恋人であるトムのお気に入りの微糖缶コーヒーを買って持っていき頭を撫でられたことと昼食後チョコレートパフェをデザートに奢ってもらったこと。それから中学時代の思い出話に花が咲き「昔から変わんねぇな」と微笑まれたこと。それくらいだ。
「何か…今日全く役に立ってねぇっスね俺」
かと言って普段は役に立っているのかと考えてみてもそれもわからない。静雄は深くため息をついた。
トムはそんな様子を見て理由も特に聞かず笑うだけだった。ましてや身が入らなかったことで逆に下手に暴れ過ぎずに済んだことを褒められフォローされる始末。
結果、静雄の気持ちはトムの器量を受けて更に沈むこととなった。
帰り道、明日が休みということもあり二人で居酒屋に寄った。トムといる時間は楽しい。しかし最近グルグルと馬鹿なことばかり考えていたせいか、静雄は気付くといつもより呑み過ぎてしまっていた。
そして手を引かれて彼の家まで帰ってきたのが現在のこと。休みの日の前はこうして彼の家に泊まるのが習慣になっていた。
田中トム宅。
酔ったままだと危ないだろうというトムの制止もあったのだが、これから恋人と一緒の床に着くというのに酒臭いのは嫌だという一心で静雄は風呂を済ませた。それでも例え数十分でも遅い方がいいだろうとの判断でトムの後に入ったのだがやはり少しだけ逆上せてしまった。
風呂から上がり、大分酔いも抜けたもののまだいくらかぼんやりしている頭でダラダラしていたら、髪を乾かし終わる頃すでに肩のあたりが冷えてしまいくしゃみが出た。
ぶるりと震え、ドライヤーを止めると、ふとTVからタイミングよく音声が耳に流れ込んできた。
『――明け方、東京でも一時的に雪になるでしょう』
そちらに目をやると天気予報の画面の午前3時から6時の間に雨時々雪のマークが映し出されていた。
帰り道にも確かに思っていたが、やはり今夜は相当冷え込んでいるようだ。
――と、ぼんやり番組を眺めていると突然見ていた画面が消された。
「静雄、ホラ早く来い、電気も消すぞォ」
聞きなれた優しい低音に振り向けば、先に風呂を済ませた恋人がベッドの中で布団をこちら側にめくり上げて待つ姿が目に映った。まるで子供を呼ぶような調子に一瞬気を取られるも、頭の中はすぐに天気予報の話題に戻った。
「トムさん、何か雪が降るみたいっスよ」
「んー? あぁ、今日寒ィもんなぁ」
ベッドに歩み寄りながらついでに電気を消す。すべて消さずに小さな電球だけを残し部屋がセピア色に暗転した。その腕の中に潜り込むと、ふんわりと抱きしめられる。何度もこうして抱きしめられたが未だに慣れない。鼓動が早まった。温かくて、身体の奥がジンとした。
「わ」
「ほらーお前がちんたらしてっから身体ちょっと冷えてんじゃねえか」
「…トムさんがあったかいから大丈夫っス」
また子供に対するような口調をされたことが心に引っ掛かり、拗ねたように呟く。しかしトムはそんなのお構い無しでいつもみたいにクシャッと笑った。
トムは優しい。こうして抱きしめられて眠っていると、昼間派手に暴れてしまい凹んだ日も、折原に会った胸糞の悪さもどうでもよくなるのだ。
作品名:1/9インテ発行トムシズ本サンプル 作家名:のりぃ