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寄り道

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 映画を見に行った帰り道だった。
 喫茶店にでも入って少し休もうか、という話をしていた所で、ふっと。一瞬、向こうの視線が自分の後ろの辺りを注視するように止まる。
「どうした?」
「いや、」
「?」
 ほとんど反射的に相手の視線を追いかければ、そこには小さな建物の扉がひっそりと開放されていた。
 すぐ傍には看板が置かれていて、思わず立ち止まってから、じい、と見詰める。
 丸い太文字で書かれているのは、『白紅之個展』という、字体とは余り似合わないことばだ。
「鬼道、知ってるのか?」
「ああ」
 何でも帝国時代からの友人がこういった個展を好むのだと言う。中学時代から都合の付く時に何度か出向いた個展の1つが、この人物のものだったようだ。
 その説明の間も何度か出入り口を気にする素振りを見せているので、ちらりと腕時計で時間を確かめる。
 ――――まだ、そう遅い時間ではない。
 それに、映画の後はこの辺りを適当に見て回ろう、という位のことしか決めていなかったら。
(偶にはこういうのもありだろ)
「?」
「ちょっと見ていくか?折角なんだし」
「――――いいのか?」
「ああ」
 それに、今回の映画は自分が見たいと言って付き合ってもらったのだ。だから、そういう意味でも丁度いい。
 普段は美術館やこういった個展を見ることも見ようと思ったこともないけれど、鬼道がどうやら結構好きらしい絵というのは気になる。
「……」
「ん?」
「……だったら、少し見て行きたい」
「うん、じゃあ行くか」
 そんなやり取りをして中に入ると、入り口に立っていた人からパンフレットを渡された。
 どうやら、『白紅』と書いて『しろくれない』と読むらしい。
 何というか、随分名前らしくない名前だ。おそらくペンネームだと思うが。
 ――――そして、肝心の作品はというと……。
(……細かっ!)
 びっしりとよく分からない線と形で埋め尽くされた紙が、額に飾られズラリと並ぶ。
 絵、というよりも、模様。そう、模様だ。
 何となく風景画とか人物画とか、そういうものを想像していたから、正直驚いた。
 そして、失礼な話かもしれないが、こんな絵を描く人間がいるのかという感心半分、呆れ半分――――……。
(――――よく描いたな、こんなの……)
 ぐるりと改めて室内を見回すと、他にも沢山の模様が室内に飾られている。大きさはバラバラで、自分の手の平くらいのものもあれば、自分の身長を超える高さのものまで。
(本当に……よくもまあ、こんなに描いたなぁ……)
 そのままゆっくりと歩きながら流し見をしていく。すると、元々そこまで大きくはない所だったので、あっという間に一通り見終わってしまった。
 ふと鬼道の姿を捜すと、向こうはまだ半分くらいの所にいて。
 1つ1つ、作品の前に立ち止まってはじっと見詰めて、隣に移動してまた立ち止まる。
 何というか、律儀だ。そんな言葉がぴったりと当てはまるような気がする。
 その時、丁度向こうが振り返って、ばっちり目が合って。そのまま急いでこっちに来ようとする相手に、笑って首を振る。
 
 ――――ゆっくり見て来いよ。
 ――――待ってるから。
 
 何となく大きな声で話すのは悪い気がして、そんな台詞を心の中で言いながら、作品の1つを指差す。それで向こうに通じるか若干不安はあったものの、一応こちらの言いたいことは伝わったらしい。
 しかし、それでもやっぱり遠慮したのか、作品の前で立ち止まる時間は確実に短くなり、随分早く残りの半分を見終えてきた。
「いいのか?」
「ああ」
「もっとゆっくりしてきても良かったのに」
「いや、充分だ」
「――――そっか」
「それより、喫茶店に行くのだろう?」
「ああ、どこがいい?」
「……一番近いし、いつもと同じ所でどうだ?」
「いいな。じゃあそうしよう」
 行こうか、とは、どちらも言わなかったのに、歩き出すタイミングがぴったり同じだったことが、何だかおかしかった。


「でも、ああいう個展もあるんだな」
 少し混雑している店内で、運良く端のテーブルを陣取った自分たちは、頼んだ飲み物を片手に何となくの雑談中。
 ふっと、ついさっきの個展を思い出して話を振ると、
「俺も最初は驚いた」
という台詞が返された。
 自分と同じ感想を鬼道の口から聞いたことで、ちょっと気が楽になったことは黙っておくことにしよう。でも、そんな些細な共通点を見つけたことで、素直に感想を言うことができた。
「やっぱりさ、絵の個展って聞くと、こう――――ものが描かれているイメージがある」
「ほう?」
「――――まあ、俺はそこまで絵とかそういうのに詳しいわけじゃないけどさ」
「最近は様々なタイプの個展が開催されているからな。その分、展示品にも幅がある」
「へぇ……そういえば、最近例の同級生と出掛けたりしたのか?」
「ああ。丁度、あいつが好きな絵画の企画展示をしていたからな」
「ふぅん……」
「?」
「――――いや、俺にはよく分からないからさ」
「……?」
「鬼道は、さっきの画家の作品を『良い』と思ってるんだろう?何か、そういう芸術作品を見て感動するとか――――そういう感じが、やっぱり分からなくて……」
 上手い説明とは言い難いものだったが、鬼道はそれでもこっちが言いたい内容を察してくれたらしい。
 ほんの少しの沈黙。
 その後、ゆっくりと耳に入った一言は、ちょっと意外なものだった。
「何となく、だ」
「え……?」
「何となく、良いような気がする、とか。好きなような気がする、とかな」
「……」
「あいつもその程度の認識らしい」
「……何か、ちょっと意外だ」
「そうか」
「うん」
 どちらかと言えば物事をハッキリさせたがるタイプの鬼道から、そんなことばを聞くことになろうとは――――ってヤツだ。
(悪い気はしないけど)
 意外。
 ――――それが、嬉しい。
 意外なことばを聞くことができて、浮かれている自分がいる。
「――――そろそろ出るか」
「あ、もうそんな時間か?」
「ああ」
 一応時計を確認すれば、確かにそれなりの時間だった。
 どうやら思っていた以上に、ここで話し込んでいたらしい。
「――――じゃあ、帰ろう」
 椅子から立ち上がって、レジへ向かう。
 代金を払い、駅までの道を歩きながら話をして、空を見る。
「明日、晴れるって言ってたな」
「午前中だけだがな」
「……はぁー……」
「?」
「いや、どうせなら思い切りグランドで走りたいと思ってさ……」
「ああ――――」
 冬を制する者が、夏を制す。
 冬の間の地道なトレーニングを怠るつもりは無いけれど、それでもどうせなら思い切りトラックを走りたい。
 願望を言うだけならタダだ。それくらいでバチは当たらないだろう。
「まあ――――正直、この寒さには気が滅入るがな」
「ああ……そう言えば、部室にストーブ無いんだっけ?」
「ああ」
「それは――――確かに」
 大変そうだな、と言うと、溜め息と言う返事が耳に届く。
 どうやらお互い、この時期の気候には苦労させられるらしい。
 
 
 その後、電車に乗って、自分が先に駅のホームへ降りた。
 その時に「また今度」と言うことは忘れずに。
作品名:寄り道 作家名:川谷圭