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喪失ばかりを思い出す

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くるりと回る日傘。風に揺れる白いワンピース。流れる長い髪。

目を閉じれば、瞼の裏にそういうものばかりが浮かんでは消えていく。
それでも限界はあって、美しい過去の断片がちらつくこともなく、落ちるように眠れることも時にはあったのだけれど、近頃では新たな要素も加わって、益々眠れなくなってしまった。

倒れこむように寝台に横たわると、少女の声が物語を紡ぎはじめる。
薄暗い部屋にもう鳥籠はない。だから、これは聞こえるはずのない声だった。

状況は悪化している。

起き上がろうかとも思ったのだが身体は既にいうことをきかず、そうなるともう、諦めて目を閉じるしかなかった。


*


『不思議の国に迷い込んだ少女は、悪い魔法使いに大事な名前を取られてしまうのでした』
「久しぶりだね」
瞼をあげ、声の聞こえた方向に目を向けると、淡い光に照らされて金色の鳥籠がある。少女はそのなかから静かに男を見ていた。
『……あなたは悪い魔法使い?』
幼い子供のような仕草で首をかしげる少女に、薄く笑んで答える。
「そうかもしれない」
『それとも。あなたも、名前を取られてしまったのかしら』
「そうかもしれないね」
『本当の名前を思い出したら、魔法が解けて元の世界に戻れるの』
「…そう」
少女は、わずかな衣擦れの音とともに立ちあがった。
頭の奥が、じわりと痛む。

指が触れただけで金色の籠の扉は開き、ひたりと少女の素足が床に触れる。
ひたり、ひたり。
白い足が冷たい床を踏み、近づいてくるのと同時に頭の痛みは強くなって、少女が寝台の傍らに立つ頃には目を開けていることも難しくなっていた。
すぐそばに少女の気配があるのに。鉛のように重くなった瞼が視界を遮り、痛みが思考を奪う。
がんがん、と金属を叩くような音までしはじめたが、その音の隙間から少女の声の欠片が耳に届いたような気がした。
「…聞こえない」
『…』
ひんやりとした温度を額に感じて、それがちいさな手のひらなのだとわかった瞬間に、痛みは溶けて消えていく。
『おやすみなさい』
「いやだ」
『良い夢を』
少女のささやく声。
そして、金の鳥籠も少女も、ぱちんと明りを消したみたいに暗闇に溶けて、消えた。


*


「…」
見上げる天井は相も変わらず真っ暗で底がない。
ここはだめだ、ということはわかっている。暗がりに、捨てたものの匂いがつよく残っていて、引きずられる。わかっている、のに。
酷い気分だ。
この、酷い気分、と折り合いをつける方法を男はひとつしか知らなかったが、既にその方法さえ捨ててしまっていることを思い出した。
長い溜息をひとつ吐くと、ゆっくりと立ち上がる。

男の立ち去った部屋の明りは消えて、すべては真っくらになった。
作品名:喪失ばかりを思い出す 作家名:すずき