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水と空気とあなたの関係

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「コーヒー」

突然そんなことを言うものだから、まさかこんな道の真ん中で急に飲みたくなったのかと少しだけ疑った。
確かに、今日は雪が止んだとはいえ、辺り一面を真っ白に染める景色の中では体は冷える一方だ。
外に出ようと言うシュミットに付き合ってエーリッヒも外に出たはいいが、帰ったらすぐにでも何か温かいものを用意しようと内心で考えた。
シュミットは香りのいい、少し苦いコーヒーが好物だから、いつも豆を選ぶときには気を使う。
淹れ方だって、いつの間にか身近な誰よりうまくなってしまったのは間違いなくシュミットのためだ。
今日は新しい袋を開けてもいい、ちょっと特別な日なのだから。
そんな考えを巡らせたのだけれど、

「空気」

次にシュミットの口から出た言葉は、それまでのエーリッヒの思考を中断させた。
冬にしては珍しく、見事な快晴になった青い空を見透かすように視線を上げて、シュミットがひとつ、深呼吸。
横手の野原に足を向けて、さくさくと雪を踏む。
この先を少し進めば大きな川べりに出る。
水面を渡ってきたのか、髪をさらう風は湿って冷たい。
空気が澄んでおいしいとでも言いたいのだろうか。
冬の朝の空気は、きんと張りつめた静けさが肌に痛いけれど、清々しい。

「矜持」

続いて対象が具体物から抽象物に変わって、どうしたものかと今度はエーリッヒが空を見上げた。
シュミットはこちらを振り返りもしないで足を進めていく。
どうやら、この先の川に出るまで進むつもりなのかもしれない。
そして、どうも、目の前に広がる景色や天候と、シュミットの口から出る単語とはあまり関係がないようだ。
空から興味を失ったように、また視線を前に戻してどんどん先に進んでいってしまう。
シュミットはプライドが高い。
無根拠なものではなく、必ず熱心な努力に裏打ちされているから悪いものではないのだけれど、取っつきにくいと敬遠されがちなシュミットを、エーリッヒは心配にならないこともない。
高い矜持を決して折らないところがシュミットのよさでもあるのだが。

しかし、何を答えるにしろ、注意深く、慎重にいかなければならない。
見当はずれなことを言えば、きまってシュミットは機嫌を悪くする。
ここはもう少し様子を窺うべきかと、黙って次の言葉を待っていれば、

「当ててみろ」

ぴしりと人差し指を向けられて、人を指で差したらダメなんですよ、なんて言葉が真っ先に浮かんだのだけれど、シュミットの意図と違う言葉を発すれば、おそらく、いや、間違いなく機嫌を損ねることは分かり切っている。
察しろという方が無理な時でも、こちらが察していかねばこの幼馴染みとはうまくやっていけないのだ。
不思議と、昔からエーリッヒだけは、この我儘で付き合いづらいと専ら評判の友人の意図を察するのがうまかったのだが。

「………?」

しかし、今回はどうにも答えが見つからない。

コーヒー、空気、矜持?

ひとつは液体、ひとつは気体、最後にいたっては抽象物で、実体すらない概念だ。
コーヒーだけなら単なる好物だということは分かるが、空気に矜持、とくるともうお手上げだ。
どうやっても共通点が見つかりそうにない。
どうしたものか。
困った顔をしていたのだろう、シュミットが楽しげに口元を釣り上げて笑った。
こういう表情が、他人から誤解を受ける要因なのだとそんな関係のない考えがふと浮かぶが、シュミットのこういう顔が、実は意外に好きだったりするのはエーリッヒなので、ひっそりと思うに留め置く。

「……残念ながら、お手上げです」

肩を竦めると、では、とシュミットがこちらにぐいと上半身を乗り出した。

「ヒントをやろうか」

どうやらエーリッヒを言い負かしたいとかやり込めたいというよりは、正解に辿りつかせることが目的らしい。

「くれるんですか?」

「今日だけ、特別にな」

"今日だけ"、"特別"の意味を捉えて、エーリッヒは小さく首を傾げて微笑んだ。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。で、ヒントだが」

「はい」

ぴ、と人差し指がこちらを向いた。
狙い撃つようにぴたりと照準を心臓の辺りに当てられて、至近距離から覗き込む視線にどきりと脈が鳴った。
大きく波打つ鼓動を指先で感じ取られてしまっていないかと、そんな心配が脳裏をよぎる。
しかしシュミットは機嫌良く口元を緩めたから、もしかしなくても知られてしまっているか。

「ヒントは、エーリッヒ、お前だ」

見上げる視線、

これで分からないはずがないだろう?

そんな色を含んで、若干人の悪い、けれどエーリッヒがとても好きな自信ありげな笑顔。
きらりと薄紫の瞳が光を帯びた。



香ばしいコーヒー、

澄んだ空気、

高く折れない矜持に、

それから、エーリッヒ。



なんとなく、分かった気がした。
のだ、けれど、

「分かったか?」

にやりと笑うシュミットは、どうしてもそれをエーリッヒの口から直接言わせたいらしい。

「……っ、そ、の、」

間違っていたら恥ずかしい、という心配よりも、期待に満ちた目で見つめられて、まんまと乗せられるのが、恥ずかしい。
おそらく、答えは間違ってなどいないから。
名指しでお前だと言われて、自然、赤くなる頬を隠すために片手で口元を覆った。

「言ってみろ、エーリッヒ」

「………なくてはならない、もの、ですか、」

シュミット、あなたの。

「ご明察」

シュミットが、満面に笑みを浮かべた。

「俺はお前がいなくては生きていけない自信がある」

頬に差す熱を抑えきれなくて、顔を横に背けようとすると、ぐいと両頬を挟まれた。

「お前は? エーリッヒ」

お前のなくてはならないものはなんだ、と尋ねられて、そうですね、と考える。

なくてはならないもの、
そばにあったら幸せな、
大切なもの。

「機械いじりの時間と、」

「水と空気と、」

「陽だまりの午後と、」

「まだあるのか?」

欲しい言葉になかなか辿りつかないせいか、シュミットの片方の眉がくいと上がる。
微笑気味ではあったけれど。

「おいしい紅茶と、」

「ミハエルの笑顔と、」

「あたたかいベッドと」

こつんと、シュミットの額がエーリッヒのそれに当てられる。
雪の空気に冷えた体温が伝わって、それでも触れ合っていれば温かい。

「知ってるぞ。お前、実は結構欲張りなんだ」

昔から、一番よくお互いを理解し合っている幼馴染みには、自分の性格だってもちろん知れ渡っている。
それを、好ましいと思ってくれていることも、自分は知っている。
そんなシュミットが、傍にいてくれれば、

「最後には、あなたがいてくれれば」

僕はそれだけで幸せです。

目を閉じてそっと告げれば、よし、とシュミットが満足気に頷いた。
白い吐息が頬に触れて、シュミットの笑う気配。

「ではお前に今日一日、なくてはならない俺をやろう」

「特別な日、だからですか?」

「そうだ、特別だからな。世界で一番特別な日、だ」

「大げさですよ」

「俺にとっては世界で一番だ」

「やっぱり、大げさです」

くすくすと声を漏らして笑う。
額が離れて、名前を呼ばれた。

「エーリッヒ」