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シュレーディンガーの猫と少年

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シュレーディンガーの猫、ってことばを知ってる?

 物理学だっけ? 量子力学? どっちでもいいけどね。アイツ、――当麻がラーメン屋で読んでた本に書いてあったのを見たんだ。数式だらけの本の、ページの片隅にそう走り書きしてあった。すげえ読みにくい字。下手クソな猫の絵と一緒に。数字ばっかで意味がちっともわからなかったけど、気になって後で調べたんだ。
 理由? そんなのは簡単さ。ぼく、猫がすっごく好きなんだよ。
 
 「シュレーディンガーの猫」ってね、シュレーディンガーってひとが考えた思考実験なんだって。
 箱に猫を入れる。ボタンを押すと、二分の一の確率で毒ガスが出る装置を作る。まあ厳密にはちょっと違うみたいだけど、そういうこと。ぼくには、数字とかそういう難しいことよくわからないよ。ボタンを押して、猫が死んでいるか、猫が生きているか、そういうこと。
 実際に実験したわけじゃないって知って、ぼくはちょっと安心したよ。猫はかわいいのだもの、殺しちゃったりしたらかわいそうじゃない。ね?


 指を、鳴らす。小さな音が、そっと響く。
 その残響の中で、時間が止まる。時間を止めれば、それはぼくだけの世界。ここでは、ぼくの思うがままになる。
 今日のお仕事は、かんたんだった。
 大きな家。セキュリティは堅牢だけど、ぼくにはそんなことは役に立たない。いかつい顔で立つ警備員ふたりの顔をつねったりして遊んでみる。へんな、かお。
 時間は、時間だけは、たっぷりある。
 ぼくはこの広い屋敷の隅々までを見てまわる。大きな壺とか飾られた皿。立派な額縁のやたらと綺麗に見える絵も飾ってある。どれもこれも、高そうに見える。壊してやろうかと思って、やめる。花瓶の割れた破片を踏んだら痛いし。
 家の一番奥に、奴がいた。ぼくはよく知らないけれど、この国を裏で動かしているとか。そいつの顔を眺めて、ぼくは、ふうん、と気の抜けたため息を漏らす。
 こんな偉そうな奴だって、ぼくの世界では石像のように固まったままで何もできやしない。ぼくが蹴っ飛ばせば、ころりと転がってしまう。転がって、蹴飛ばして、ナイフの先でそっと頬を撫でる。赤い線がすうっと走る。それから、ぼくはペンみたいにナイフをすべらせて、点線を描く。
 これは、脅迫。
 おまえなんか、いつでも殺せるんだ。この切り取り線のままに、すぱっとバラバラにできちゃう。ね、だから、云うことを聞いて、ね。
 このせかい、ぼくが支配するここは、箱の中の猫のように生と死が重ね合わせの状態にあるんだって、気付いた。生きていて死んでいる。どちらでもあって、どちらでもない。ぼくが観察するまで、選ぶまで。まるで、王様のように。ぼくは、王なんてことばを思いついて、大きな声で笑う。


 仕事を済ませたぼくは、なんだか楽しくなって鼻唄をくちずさみながら、ポケットに手をつっこんでスキップをする。
 ぼくの足元を白猫が通りすぎて、少し間をとって立ち止まる。ぼくの方を睨んでいて、ぼくがねこなで声でなだめても、絶対に近寄ってこない。ぼくは鞄の中から、猫の餌をとりだして、やる。この猫は、ぼくが餌をあげることを知っているから、 逃げたりはしない。ぼくは気前よく餌をあげる。猫はむにゃむにゃと唸りながら、餌をがっついて食べる。猫は野良猫の癖に、つやつやとした毛並みをしている。
 猫にさわって、なでて、抱っこしたい。でも、ぼくはなぜか猫に好かれない。猫はぼくが嫌いだ。
 また、ぼくは指を、弾く。
 ただ、それだけで、時間が止まる。すべてのものが動きを止める。ぼくはその静寂に沈んだせかいの、ただひとりっきりになる。万能で、思い通りにならないことなんて、なんにも、ない。
 ぼくは、その猫を抱く。からだはやわらかいのに、動かない。温度はほんのりと残っていて、重たい。ぼくは頬をすり寄せて、猫のやわらかい毛を感じる。猫は、尻尾の先ですら、ぴくりとも動かない。この子だけを、ぼくのせかいに連れてくることもできるけれど、ぼくはしない。猫はぼくが嫌いだ。だから、きっとぼくをひっかいて拒んでしまうだろう。それを考えると、ぴりっとこころが痛む。ぼくは、動かぬ猫を思い切り抱きしめる。
 ぼくはこのせかいの王で、そして、箱の中にいる。