ダーチャにて 4
背の高いトウモロコシの軸の中ほどに、日の光に反射した白っぽい雌花のひげがふわふわと揺れていた。似た色であるのに、対照的に硬そうな銀髪が、その間をきびきびと歩き回り、良く育ったものをもぎ取っては背負った籠にぽいぽいと放り入れる。籠の中は、どれもこれも濃い黄色に熟れて、今にもはじけそうに膨らんだ甘そうな実が、包み込むような葉の隙間からむっちりと顔を覗かせていた。
ころころと肥えたジャガイモを掘り起こしているのは、つばの広い麦藁帽から一括りにした眩しい金髪をはみ出させ、手に持つ鍬がいやに馴染むフランスである。
その二人を横目に眺めながら、ロシアもせっせと畝に鍬を入れ、まるまると瑞々しい、紅色のビーツを畦に転がした。
時期がずれていることもあって、フランスとは収穫期にお互いの畑仕事を手伝いに行く習慣になっているが、今年は暇そうにしていた銀髪、もといプロイセンを引っ張り出すことができたので、ロシアとしては至極満足である。これでイギリスかスペイン辺りも連れてくることができれば、戦力に不足ないのだが、そう上手くはいかないのだった。
トウモロコシの収穫を終えたプロイセンが、背中の籠を下ろして空の籠と持ち換え、今度はかぼちゃの畝へ移動している。不思議な光景だった。かつての軍事国家と、農作業はなかなかに結びつかない。が、何をやらせても様になる、そういう人っているよね、と内心で一人ごち、ロシアはまたビーツの畝を掘り起こし続けた。
ジャガイモの畝を掘り起こし終わったフランスは、芋を拾い集める作業に入っている。土のこびりついたまま、ひょいひょいと種芋と食用の2種類の籠に分けて行く。手際よいその手つきも眼も、熟練の農夫そのものだ。と言うより、フランスは正しく、世界最年長の農夫の一人なのだった。
二人を見渡して、黙々と農作業しているだけのひとときを、ロシアは心から楽しく感じて微笑んだ。あとで、とびきりのお茶を振る舞おう。夜に飲むワインも、フランスがいつかにくれた、とっておきを出してきても良い。
ビーツの畝から続きの、人参と大根の畝の様子を見る。こちらはまだ収穫には少し早そうだった。背負い籠を片手にぶら下げて、掘り起こしたビーツを拾っていく。中腰の作業は長身には少々辛いが、鼻歌さえ歌いながら、ロシアは新鮮な土の、しっとりと濡れた匂いを堪能した。
「お、今年は葉っぱも育ったのか」
フランスがロシアに声を掛けた。
「うん、そうなんだ。今年は夏中、天気が良かったから」
「そうかぁ、良かったなあ! 苦労した甲斐があったんじゃないの」
まるで我がことのようにフランスが一緒に喜んでくれるのが嬉しく、ロシアは照れて笑った。葉物が育ち難いロシアで穫れる野菜と言えば、根菜や豆類、芋類ばかりだが、最近は改良の甲斐あって、多少なら青菜も穫れるようになっている。それを聞いた日本が、数年前から葉物野菜の種を分けてくれているのだが、今年漸く、ロシアの畑でも結実した。
「何だよ、何ができたんだ?」
かぼちゃを籠一杯にしたプロイセンが、興味深そうにフランシスの手元を覗き込みに来た。
「チシャと、えーとこれ何だっけフランス君」
「ほうれん草だよ」
「キッシュにしたら美味しそうだよね」
「おー、そろそろ腹減って来たんだが」
「じゃあ休憩にしようか。僕、準備してくるよ」
「おっけ、お兄さん達はキリの良いところまで続きやってるから、できたら呼んでちょうだい」
土で汚れた手を払い、ロシアは首に巻いたタオルの端で額の汗を拭った。ダーチャの勝手口に周り、直接キッチンに向かう。
手を洗ってから、まずサモワールに水を注ぎ、豆炭を継ぎ足して火をくべる。一昨日のうちに用意していた焼き菓子を戸棚から取り出して、一つぱくりと口に放り込んでみた。バターが馴染んで、ちょうど良い具合だ。上に乗せたイチゴジャムも、酸味と甘みが程良い具合で、これならフランスに褒めてもらえるかもしれない。
黒パンを切り分け、今年の秋採れたての蜂蜜とサワークリーム、バター、チーズ、ハム、薄切りにした人参やキュウリ、セロリのピクルスをそれぞれ皿に用意する。残り少なくなった、去年の冬に作ったジャムもいくつか、愛用のホフロマの器に入れ替えた。
質素だが、それなりに賑やかに設えられたそれらを、大きな銀盆で家庭菜園を眺めるテラスに運ぶ。既に籐の椅子にふんぞり返って座っていたプロイセンが、大喜びで焼き菓子に手を出そうとするのを殴って留め、サモワールを運ばせるためにキッチンへ連行した。
大きなサモワールを男二人掛かりでテラスの脇机に設置すると、フランスがいつの間にか茶器類を持って、運んできてくれた。白磁に濃い藍色で、素朴な野いちごが絵付けされたグジェリのセットだ。ロシアが気の置けない客人をもてなす時に使うものだが、フランスはその仕舞場所を覚えていてくれたらしい。
「二人ともお茶でいいの? コーヒーもあるよ」
「てめーんとこのあれはコーヒーじゃねえ泥水だ。あれ飲むぐらいなら紅茶の方がなんぼかマシだ」
「口が減らないね。もう一回痛い目見る? プロイセン君」
「事実だ! 俺様は正直者なんだよ!」
「まあま、郷に入っては郷に従えってね。俺もプロイセンもコーヒーならおうちで毎日飲んでるし、ここに来た時ぐらい、紅茶が良いでしょ」
「そう? じゃあ3人分淹れるからね」
「フランスお前、口ばっかり達者だなあ」
「ロシアー、プロイセン君はおやついらないんだってぇー」
暖めたポットに茶葉と湯を注ぎながら、ロシアは如何にも残念そうな顔を作って、首を傾げた。
「そうなの? 今日のは自信作なんだけど、残念だねぇ。いらないのかぁ」
「イヤだなあフランス君にロシア君。ボクそんなこと一言も言ってないじゃないデスか」
「わあ気持ち悪ッ」
「もう良いからプロイセン君なんて放って置いて、食べようよ。ねえフランス君、これ味見てくれない?」
ジャム乗せクッキーを差し出すと、フランスはどれどれと言いながら、1つ摘んでさくりと歯を立てた。
「ん、ちゃんとできてるよ。よしよし、美味い。上のジャムも良いアクセントだ」
幾らか緊張しながらフランスの言葉を待っていたロシアは、ほっと胸をなで下ろした。
「良かった。嬉しいな」
「おいロシア、俺様にも食わせろよ! そんで感想聞けよ!」
「今度そっち行く時、また新しいレシピ教えてくれない?」
「いいぞぉ来月たっぷり教えてやるよ」
「俺様を無視するなよてめぇら! 全部食っちまうぞ!」
「そろそろお茶淹れるから、暴れないでプロイセン君。頭からお湯被りたい?」
「ハイ、ゴメンナサイ」
温めたカップに丁寧に注ぎ分けると、ふんわりと紅茶の香気が鼻を擽り、茶葉がうまく開いたらしいことが解る。
くつろいで、他愛ないじゃれあいのような会話に興じているフランスとプロイセンを眺めながら、ロシアはひらひらと舞い落ちてきたせっかちなカエデの葉を摘み、一人、早い秋の日差しにうっとりと浸るのだった。