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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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午睡

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それは昼休みも終わりに近づいた頃だった。
 窓際の席は、カーテン越しの陽光にぬくめられて、ひどく眠気を誘う。
 次の時間の小テストに向けて復習をしていた秋丸は、半分眠りの世界に足を突っ込んだまま、参考書をにらんでいた。
 先ほどから同じ単語で行きつ戻りつを繰り返している。体はぽかぽかと暖かく、シャープペンシルを握る指にも力が入らない。
 こんな状態なら、いっそのこと寝てしまった方がいいんじゃないか。眼鏡をかけているはずなのにぼやけて見えるアルファベットたちを眺めていると、そんな誘惑が込み上げてくる。
 や、だめだ。ここで寝ちゃ負ける。
 ぶるぶると頭を振ってなんとか眠気を飛ばそうとする。
 秋丸が必死になるのは訳があった。この週に一回の小テストで70点以下を取ると、該当範囲の課題を山ほど出されてしまうのだ。悪くすると雪だるま式に課題が増え続ける恐怖が待っている。
 現に、小テストに落ちる、課題が出される、課題を消化しているうちに次の週がくる、その週の範囲の勉強が間に合わず小テストに落ちる、課題が出される、というループにはまってしまったクラスメイトたちも少なからずいるのだ。
 そんな目に遭うのはごめんだった。
 けれども、起きなくちゃ、勉強しなくちゃという意志も、襲い来る睡魔の前では無力だった。
 もー、こりゃ、だめだ。
 諦めてシャープペンシルを投げ出した時、後ろからガタガタっとすごい音がして、秋丸は思わず身をきゅっとすくめた。
 音は一度で鳴り止まず、低い振動音と共に机を叩き続けている。
 寝入りばなに叩き起こされた心臓がばくばくと脈打って痛い。胸のあたりをさすりながら、秋丸は体をよじってすぐ後ろにいる元凶をにらみつけた。
「はーるーなー」
 昼飯を食べにきて、そのまま眠ってしまった榛名がそこにはいた。他人の机を我が物顔で占領し、実に気持ち良さそうに寝息を立てている。
 その榛名の寝顔のそばにある携帯が先ほどからの音の正体だった。マナーモードに設定されたままのそれは、着信音などなくても十分賑やかだった。
 よくこれで寝ていられるな、と半ば呆れながら秋丸が見ていると、ようやくのことで携帯は震えるのを止めた。先ほどまでのやかましさが嘘のようにしんと沈黙し、着信を告げる明かりだけをピカピカを灯している。
 本人に意識があろうとなかろうと、人騒がせなところがいかにも榛名らしいと秋丸は思う。しかし、おかげですっかり目が覚めたのは幸いだった。
 残り少ない昼休みの時間で、ひとつでも多くの単語を頭に入れようと体を前に向きなおそうとした時、目の前の大きな体が揺れた。
「んん……」
 もぞもぞと動いて、榛名が顔をあげる。半分までしか開かないまぶたをゆっくりと上下させて、いまいち焦点の合っていない目で秋丸を見つめた。
 体重を預けていた右頬は赤くなっているし、口元にはよだれのあともある。榛名ファンの子たちにはとても見せられない姿だった。
「あ……?」
 いかにも寝起きです、といった体のかすれた声が榛名の口から漏れた。少しずつ意識が覚醒してきたのか、釣り上がった目じりの切れ味が増している。
「タカヤは?」
 起きて早々言う台詞がそれか。秋丸はいっそ羨ましくも感じた。
「お前って、平和だよねえ……」
「ああ?」
「いや、なんでも。っていうかここ学校だし。タカヤがいるわけないだろ」
 寝ぼけて自宅かどこかとでも間違えたのだろう。榛名がシニア時代にバッテリーを組んでいた相手と、色々な意味で仲良しである、ということはなんとなく知っている。
「でも、タカヤが俺んこと呼んでた」
「あー、そりゃ多分俺だよ。さっきお前のこと呼んだし」
 秋丸がそう言うと、榛名はなにもそこまで、と思うほどの勢いで声を張り上げて否定した。
「ぜってー違えよ!お前元希さんとか呼ばないじゃん!声も全然違うし!」
 しかも、すっげえかわいい声だったし。あれ、俺の一番好きな声、などと怒りながらのろける榛名に、相手をしているのが馬鹿らしくなって、秋丸はあーはいはい、と返した。
「ごめんねすみませんね。タカヤに呼ばれる夢を見たんだね。よかったなー」
 それだけ言って前を向こうとする秋丸を榛名ががしがしと揺さぶった。夢じゃない、本当に聞こえた、とわめく榛名を無視して参考書に向かう。
 単語を紙に書いて覚えようとするが、後ろから榛名がどついてくるので文字が震えて綴れない。榛名は時々本当にうざいなあ、と思いながら、秋丸は体は前を向いたままで声だけかける。
「そういやさ、鳴ってたよ、携帯」
「あ、まじ?」
 パチっと携帯を開く音がする。うまく興味が他に逸れたようだ。
「電話?メール?」
「や、メール……」
「かなり長く鳴ってたけど、メールだったん」
 答える声はない。それほど長いメールなのだろうか。
「榛名?」
 なんとなく気になって振り返ってみると、榛名は携帯の画面を凝視していた。
「どーしたの」
「秋丸」
 顔をあげた榛名は、満面の笑みを浮かべていた。心なしか、どこか得意げな様子すらある。
「声が聞こえたって言っただろ」
 そう言ってぐいと携帯を秋丸の眼鏡に向かって突きつける。ディスプレイに表示されていたのは、タカヤからの新着メールだった。
「タカヤ、呼んでた」
 ちゃんと聞こえた。愛があるから、なんて満足そうに笑う榛名を見て、本当に平和な男だなあと秋丸は思った。
作品名:午睡 作家名:玉木 たまえ