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夕日を見ても悲しくならない場所

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 それはそれは、他愛も無い話。


 よく走り回ったり泥まみれになったり何かと草むらに激突したりと、我ながらアグレッシブな小さい時の記憶。
 当時は大人の冗談を本気で真に受けて、自分が男であると思い込んでいたし、そのつもりでいたから元気が過ぎていた。
 やんちゃを軽く超えた暴れっぷりに、最後まで付き合ってくれるヤツもそうはいなくて。
 だからこそ、ちびの時の思い出に必ずといっていいほど顔を出してくれるあいつは、好きか嫌いかは置いといて自分の中で特別だった。

 本気の喧嘩もしたし、大泣きしてる情けない顔だってお互いに見たことがある。
 くだらない話もしたし、いつかやってみたい事を指折り数えあった事もある。

 なんだってそんな事を考えているかというと、件のあいつに呼び出されたから。
 会ったら会ったでうざったく思う事も多い幼馴染だけど、互いに遠慮なく過ごせるので、どこかほっとしたりもする。


 とはいえ、成長した今ではお互いそれなりに忙しく、どうにか時間を作って会うだけは勿体無いので、自然とご飯を食べる流れになった。
 集合場所に選んだのは自然公園。夕食にと選んだ店はこの公園の先にある。
 ご飯をおいしく食べる準備と適度な運動も兼ねて、会う場所を店と対岸方面の入り口に指定。あいつも特に異論なく承諾した。
 急く事も、のんびりしすぎる事もなく時間に合わせて来れば、向こうも似たような感じでやってきた。
 特に呼び出された用件も聞かず(どうせお店で聞くことになるし)、手をかざしただけの挨拶を済ますと、自分のペースで私は歩きだす。あいつも並んでついて来る。

 都会の中で広く拓かれ、動植物のみならず人も安らげる場所として愛されてるこの公園は私のお気に入りでもあった。
 草や木の匂いに包まれ、どこまでも遠く空を見渡せるこの場所は、懐かしいあの時代を感じることが出来る。
 今は昼から夜へのお色直しの時間。爽やかな空気はささくれだった疲れをまろやかにしてくれる。
 夕飯への期待に若干ふわふわしてきた気分で、道の先にブランコを見つけたら、やることはひとつだった。

「お前、真っ先にブランコに向かうなよ」
「いいじゃない、少しくらい」

 あいつの、やると思った感が溢れる呆れた声を適度に流して、私はブランコに駆け寄る。
 太目の鎖とナットでしっかりと繋いであるタイヤのブランコは、大人の体重でも十二分に耐えてくれそうだった。
 早速座ろうとして気付く。土汚れならいざ知らず、持ち手の鎖の錆は手袋についたら落ちにくい。
 ちょっとだけ迷ったけど、そうそうブランコになんて乗れないのだし、寒さよりもそちらを優先して手袋を外す。
 ヒールだったからブランコに腰掛けて、地面を蹴って、冷たい空気を顔いっぱいに浴びて。
 もっと振り幅が大きくなるよう体全体を使ってブランコを漕ぐ。今にもあの雲の所へ飛び立てそうな爽快さ。

「俺さ、ずっと好きだった奴にプロポーズするって決めた」

 どんどん空に近づく私を現実に繋ぎとめたのはそんな言葉だった。
 ……そういえば昔、好きな人が出来たらどんな風に告白するかって話もしたっけ。
 あいつのは、俺様な性格のくせして案外普通だった気がする。
 そんな事思い返してるうちに、いつの間にかブランコは止まってしまった。
 分単位で落ちていく気温と冷えた鎖で、私の手があっという間に痛みを訴えだす。

「ほら」

 声に妙に重たい顔を上げれば、私の手袋があいつの手にあった。
 いつ落としたかも覚えてない。あいつは丁寧に土を払って、私に手袋を放ってきた。
 反射的にキャッチして、このシチュエーションには意味する所があった事を思い出す。

「なにこれ決闘?」
「あー…まあ、ある意味間違っちゃいねぇ」

 そうですか。そういえば私に勝った事なかったね、一度も。
 女に負けたままで惚れた女に告白なんて格好悪いとか、そんな所でしょう。
 だから言ってやった。

「受けて、たってやる」

 絶対負けない。負けても勝ちなんかやらない。
 私が、手袋が汚れるのを気にするようになってしまったように、あなたも変わっていくのだろうけど。
 それでも、あの頃みたく暴れて喧嘩するのが私達には一番似合うと思うから。
 せめて、喧嘩の勝敗だけはあの小さな幼馴染のままでいてほしい。

 なんてひどいわがまま。
 胸の辺りが締め付けられるように苦しくて、手が指がどんどん強張っていく。
 と、そこで私は柔らかな布地の中に、違う硬さの物が紛れ込んでいる事にようやく気付いた。
 小石でも入り込んだかなと手袋を振って中の物を出す。
 小さな銀の輪に掘り込まれた控えめな装飾。その中心にちょこんと、けれど誇らしげに輝く翠の宝石。私好みのデザインの、それ。
 思わずあいつを見上げる。
 逆光の赤が眩しくて目が痛い。斜陽に縁取られてあいつのシルエットしかわからない。
 何か一言言ってやりたくて、でも馬鹿みたいに口をパクパクさせる事しか出来ない私の前で影が膝をつく。
 掌に落とした指輪ごと、私の手に手を重ねてくる。騎士の誓いにも見えなくはない、きっと。

「俺と結婚してくれ」

 この裏切り者。昔、馬鹿話をした時にはこんな、指輪の渡し方なんてなかったじゃない。
 あいつの影に目が慣れてきてもいい頃なのに、ちっともあいつの顔が見えやしない。
 眩い赤から私を守ってくれるあいつの紅が見たいのに。
 手も目も、もうどこも痛くないのに、それこそちびの時みたく私の翠はぼろぼろ涙を零した。



『夕日を見ても悲しくならない場所』