サフラン
「段ボール箱なんかバラしてどうするんだ?」
廃材を集めてきたと思ったら、野分が大ぶりのカッターを片手に楽しそうに工作をしている。
「あ、これですか? 病棟の男の子が『ひみつきちつくるんだ!』ってはりきっちゃって」
男の子は、そういう『遊び』が大好きだ。話が盛り上がってしまってそんな流れになってしまった。
秘密基地、か。
「秘密基地、ねぇ」
しょっぱい思い出が弘樹の中を駆け巡る。
「ヒロさんも、そういうので遊んだりしたんですか?」
秋彦と出会った思い出の場所。
「ん? ああ、まぁ、な……。そういうお前こそそういうので遊ばなかったのかよ?」
しょっぱい思い出を振り払うように、弘樹が野分に問いかける。
「うーん、公園とかではよく遊びましたけどねぇ」
とくにそういうものを作ったりする遊びはしなかった気がする。
「あ、でもアレ好きでしたよ、箱ブランコ!」
「箱ブランコ?」
普通のブランコならば知っているが、頭に箱を冠すブランコとは一体何だろう。
「あれ? ヒロさん知りませんか?」
「さー、乗ったことねぇな」
残念ながら弘樹が通った公園にはなかった気がする。
「名前の通りですよ。ゴンドラみたいなベンチみたいなのが鉄の柵にぶら下がっててこぐんです。最近は危険な遊具だからって撤去されちゃってることが多いらしいけど……」
懐かしい遊具たちは、最近公園から次々姿を消している。
「一人になりたいときとか、よくあの箱ブランコこいで遊んでましたね」
「お前でもそんな時なんてあるのか?」
なんだかちょっと、意外だ。
「ありますよ……それなりに」
子供は子供なりに一人になりたいときがある。
というわけで。
自分の出生の秘密を最悪の形で知ってしまった。
自分を生んだ両親に対しては恨みよりも『何故』という思いの方が強い。
けれど、今のお父さんとお母さんは優しい。だからそれで十分だ。十分だと思うのに。
(一人になりたい……)
草間園にいてたくさんの『兄弟』たちに囲まれていると、時折そう思うときがある。
こんな時は、自転車を少しこいだ場所にある公園に行く。
ポケットの中の小銭を握りしめて、公園前の駄菓子屋へ。
粉ジュースを買ってモナカのカップにストローをさしてもらう。
そのまま、お気に入りの箱ブランコに座った。ラッキーだ。今日は誰も公園にいない。
ゆっくりと足に力を込めると、ギィ、と音を立ててブランコが揺れる。
少しずつ足に力を加えながら、駄菓子をほおばる。ちょっと、むせてしまった。
(空……青いな)
柳の葉が風に揺れている。
パンクした自転車を取りに行った時、もしかしたらまたあの子に会えないかなぁと思ったけれど、それはかなわなかった。
(制服……着てたな)
明らかに自分とは違う学校に通っているのだろう。自転車がパンクするほど遠くの町だったし、暗がりでよく顔も見えなかった。
(ぐっと我慢する、か……)
ガマンする。たしかに少しだけ、ほんの少しだけそんな感情を抱くこともあるけれど、自分よりもみんなの方を優先してしまう。
両の柵に手を当てて、ぎぃぎぃと箱ブランコをこぐ。スピードのついた箱ブランコは、何となくそういったものから離れた空間で、どことなく心地よい。風がさわさわと吹いて、余計にそんな気分を後押しする。
多分、空っぽになれるのだ。
(そういえば僕、どうしてもいやだからってガマンして泣いたこととかないな)
というか、感情を爆発させて泣くこと自体しなかった気がする。
お気に入りのおもちゃだってないわけじゃないけど、下の子に欲しいと言われれば結局あげてしまったし、何かをどうしても欲しいと思ったことがあまりない。
駄菓子のくじのあたりが引けなくてもそんなに悲しい事じゃないのによく似ている。
足の動きを止めると、ブランコの揺れ幅はだんだんと小さくなって、止まる。
(いつが僕も、何かこれは絶対欲しいってもの、見つかるかな……?)
今は良く分からない。大人になっても、わからないままかもしれない。
空を見上げて、野分は自転車に乗って今来た道を戻ることにした。