誠実に
石造りの暗い洋室に明るい窓辺、そこで揺れるその花はまるで世間を知らない子供のように弱く、可憐だ。部屋の主に見合っていないとアラウディは思う。あの男の強かさと言ったら可愛さの欠片もない。だいたい彼の知るジョットは部屋に花を飾るような男ではないし、ボンゴレの人間が毎日花の世話をする姿など、想像したくなかった。この頃の自警団ボンゴレには、まだメイドや世話人を雇うほどの余裕はない。
アラウディが花を見つめているのに気づいて、ジョットは微かに笑った。アラウディは無表情な男だが、何度か顔を合わせ共に戦う内に、ジョットの直感は彼の表情をいくらか読み取れるようになった。随分と可愛い人間なのだ、アラウディは。
「その花は貰ったんだ」
「へぇ、女性から?」
アラウディの言葉にジョットは面食らった。確かに花は昨晩、ジョットが個人的な付き合いの元で女性から受け取ったものだ。アラウディは無駄話を好まないし、普段この手の話に乗ってくる性格ではないが、今日は勝手が違うらしい。常なら流される話を拾われてジョットは書類整理の手を止めた。
「よくわかったな」
「男に貰ってどうするの」
「確かに」
興味がないとあからさまに記されている顔に、ジョットは苦笑した。単なる気まぐれだったらしい。元々他人と会話が続く質でもない。それきり黙り込んだアラウディに、ジョットは自分から話を繋いだ。
「昨日、三度目のデートだった。彼女から花をくれて別れたいと言われたんだ」
「どうして」
「自分一人を愛してくれなければ嫌だと」
昨日見た彼女の姿を思い出す。好戦的な瞳、真っ赤な唇でよく笑う女性だった、彼女が笑うと空気までぱっと明るくなる。しかし昨夜の彼女の瞳は薄暗く、諦めと僅かな希望がちらついていた。蝋燭の炎のように。
彼女の望むように唯一人を愛することが、ジョットには難しい。美しいものの頂点を決められないように、最愛の人を据えることは大変困難だ。ジョットには複数人を同時に愛することが間違っているとも思えなかったし、不安定な感情はどうすることもできない。もちろん好意に種類や程度の差は存在する。けれど、感情に完全な区別などありようがないのだ。
「それは君が振ったも同然じゃないの」
「私は悲しかった」
「君より相手の方が長く苦しんだことに変わりはないよ」
渋い表情のジョットにアラウディは目を細めた。可笑しかった。一代で大きな裏組織を作り上げつついるこの男は、我が儘な子供と何ら変わらない。欲張りで傲慢に、好きなものを全て好きだ、欲しいと言い、その要求を当然だと思っている。
落ちてゆく日の薄い明りに仄ぐジョットの金髪と違って、アラウディの白銀色の毛髪は暗がりの中でも淑やかに光った。風がジギタリスの花を揺らしている。
「君は安穏として、存外仕事にかまけているからね。女性に愛想を尽かされるのは当然だ」
「お前に言われたくない」
「君が僕の何を知っているの」
アラウディは口元で笑った。ジョットも、アラウディも、互いのことには干渉しない。だから互いに何も知らなかった。唯お互いの正義が合致した時にのみ顔を合わせる程度、無駄な話を交わした記憶もない。それがあまりに寂しいことだとジョットは不意に気づいてしまった。何も知らない相手と本当に考えが一致することなどあるのだろうか。
「慰めてくれないのか」
「どうして」
「私は悲しいと言った」
ジョットが見つめている内に、アラウディはいつもの仏頂面に戻って踵を返した。
「性に合わない」
「都合のきく時でいい、私のお茶会にお前も顔を出せ。Gにも言っておく」
「傲慢だね、興味ないよ」
妥協したジョットの思いつきに、扉に手をかけた恰好でアラウディはまた少し笑って振りかえった。ジョットは今はそれで満足したことにする。
「待っている」
「その女性が君をどう思っていたかわかっているの?」
部屋を出る寸前、可笑しさを含んだ声で告げられた言葉にジョットも僅かに笑って答えた。
「不誠実 disonesta」