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うきぐもさなぎ
うきぐもさなぎ
novelistID. 8632
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入り江のブリリアント

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水面を淡く染めながら、海の向こうに日が沈む。
太陽が低く傾き始めたこの時間、タクトはしばしば砂浜を訪れる。
海の向こうに日が落ちていくのを見ていると、なんとなくホっとするからだ。
この海を渡って行けば、そこには帰る場所がある。
日中、そこそこ賑わいを見せる浜も、この時間となれば人影はほとんど見当たらない。
いつものようにタクトは、県道から海へと続く階段を下りていった。すると珍しく浜には先客がいた。
今ではもう見慣れてしまった、きれいな横顔。
すらっとしたあの長身は、スガタだ。
スガタはこちらに気付くことなく、サーモンピンクに淡く染まった沖合いを眺めている。
「門限、大丈夫なのか?」
スガタに近付きながら、タクトはそう声を掛けた。
「――門限?」
特に驚く様子はなく、スガタは、どちらかというと訝しげといったような顔でこちらを振り返った。
「家で決められた門限があるんじゃないのか?だって、おまえ夕方になるといつも早めに帰っちゃうからさ。てっきり門限があるんだと思ってた」
タクトは波打ち際にたたずむスガタのすぐ横に並んで立った。
スガタは顔を崩し、くつくつと笑っている。
「門限は、さすがにないよ」
そうなのか?、とタクトはわざとらしく首をすくめてみせた。
「けど珍しいよな、この時間、ここでおまえと会うのは。ひょっとしなくても、今日が初めてじゃないか」
「ああ、かもしれない」
スガタは言って、足元に視線を落とした。
白い砂が波に洗われて、淡いグレーに染まっている。波打ち際から顔を上げて、タクトはスガタの横顔を見た。彼の目はまぶしい時のようにわずかに細められている。
「おまえはシンドウ家の大事なお坊ちゃまだから、門限くらいあるのかと思ってた」
スガタの瞼がぴくりと動くのをタクトは見逃さない。咄嗟に彼は、言葉を重ねた。
「ごめん……気、ワルくした……よな?」
「いや――」
どことなく含みがあるように語尾を濁すと、
「――というより」
と、スガタは言葉を続けた。
胸の内に飲み込まれたであろう言葉が気になって、
「というより?」
とタクトは促した。
するとスガタは、珍しく声を立てて笑いだした。
「いや――想像以上に君は天真爛漫だなと思って。天真爛漫というか、怖い者知らずというのか」
それを聞いて、今度はタクトが片方の眉毛をくいっと吊り上げた。無言の圧力に、スガタは屈託ない笑顔で応える。
「ごめんごめん。気、悪くしたよな?」
「つまり、さっきの仕返しってわけ?」
笑顔を見せるだけで、スガタは返事をしなかった。隠し事はきっとどちらもある。でもそれをお互い教えることは決してないだろう。そのことを今まで以上に強く感じていた。
ふ、っと細く息を零して、タクトは口もとに笑みを乗せた。
「門限がないんなら、たまにはいっしょに夕飯でもどうだ?」
「悪いんだが、夕飯はもう済ませたんだ」
「えっ、こんな時間にもう夕飯食い終わってるのか?」
タクトはポケットから懐中時計を取りだした。蓋をあければ、まだ六時にもなっていない。
「その時計、遅れているんじゃないのか。うちの夕飯は決まって六時なんだ。だから、今は半をまわっていると思う」
「マジで?」
タクトは時計を耳に宛ててから、首をわずかに傾けた。時を刻むカチカチという規則的な音。
「んー、ちゃんと動いてるみたいなんだけどな」
しかしタクトは、すぐ気を取り直したようにスガタに向き合った。海からの風がふたりの髪をかろやかに躍らせる。
「じゃあ、明日は?今から予約しとこうかな」
わずかの間の後に、スガタはひっそりつぶやいた。
「明日……」
「そう、明日。都合はどんな?」
今度の間は、さっきよりずっと長かった。顔を海に向けたまま、スガタは静かに答えを返した。
「悪いけど明日は都合がつかないんだ……」
スガタは視線を、暗くなりかけた空に走らせた。藍色と真珠色がまざった空に、黒い雲が不気味なスパイラルを描いている。
「そっかぁ」
努めて何気ない口調でそう言って、タクトは頭のうしろで両手を組んだ。彼もスガタと同じく、夕暮れ空を仰いでみる。
「ま、機会なんていつでもあるだろうしな。また今度!」
「ああ。また、今度」
曖昧にそう答え、スガタは微笑んだ。でも彼はこちらに顔を向けようとしなかった。
潮の香りは、日が落ちるとひときわ強く匂い立つ。
風が上がり、波が高くなったが、それでもふたりは長いこと波打ち際にたたずんでいた。
無言のまま、お互いまるで別の場所、それぞれが遠いところにいるみたいに。
この海を渡っても、帰る場所なんかもうどこにもない。
ただそれを認めたくなかっただけだった。
それ以上に、タクトはそれをスガタに知られたくなかった。
そんなことがあった翌日のことだった。
タクトの大事な時計が壊れてしまったのは。
折りしも、彼の誕生日。
運命、という言葉が、頭の中を駆け巡る。
そして彼は、同じ日にスガタが生まれたことを後になって知ることになる。
同じ星の下に生まれた、運命の人。
タクトが海の向こうに帰る日は、たぶん二度と訪れない。