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騎士でありたい

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彼女が現れてから、私は変わってしまった。それまで、戦いの間は敵を見据える事が出来た。それなのに、彼女が現れてからは戦いの間も彼女を見てしまう。彼女が襲われそうになれば庇おうとしてしまう。弱い者は庇わず、見ているだけで良い。それが私の思う事だったのに。
 今までも、何度か女性を意識した事はある。ただそれは、私がこの姿になる前に傍にいた女性と似ていたから。彼女は、私の記憶に残る女性の誰とも似ていない。それなのに、今までに好きになった女性の誰よりも彼女が愛しかった。彼女を見るだけでは満足できなくなった。淡雪のような彼女の手を握りたい。彼女に触れたい。彼女を抱き締めてみたい。
 どうして、他の女性とは違い彼女だけは触れたいと願うのか解らない。彼女には実の兄がいるから?そしてその兄は私の友人だから?友人の妹をこのように意識してはいけないと思っている。人間と同じように、私は禁じられれば禁じられるほど禁忌を犯したくなるのか。
「何ブツブツ言ってんだ」
「…お前か」
「は?俺じゃ悪いか?」
いつの間にか私の隣にいた少年。ショートの髪だが、横髪だけ異様に長い。彼女とは対照的な明るい黄色の髪。彼女の眼を鋭くしたような相貌。この少年が、彼女の兄。私の隣に腰を下ろし、少年はまた私に尋ねる。
「で?何言ってた?」
「お前に関わる事ではない」
思い人の兄に冷たく当たるのもどうかと思うが、仕方が無かった。彼女は人見知りをする訳ではないが、兄であるこの少年と共にいる事が多い。それどころか、腕にしがみついたりもする。これは私の中で許せない事だった。
「最近…つーかブリザーの来た後な、お前やたらと俺に冷たいだろ」
「前からだ」
やはり気に障る。兄妹だから当然なのかもしれないが、彼女を名前で呼ぶ事さえも私には腹立たしい事だった。
「何?ブリザーが好きだから俺を嫌うとか?」
「…」
「良いけどさ、絶対報われねーし」
歌うように言うと、少年は自分の爪を見つめた。「あー、ヤスリかけるか」とか言いながら。別にこの少年が何と言おうと関係ない。そもそも彼はどうして自信ありげに報われないなどと言うのだろう。彼女の好みを知っているからか?
「彼女は一度でも私を怖いと言ったか?不気味だと言ったか?」
「言ってなかったと思うけど?だからって報われると思うなよ」
「何故そう言い切れる!?」
声を張り上げると、少年は驚いたように私を見た。目付きが悪いだけで、それ以外は彼女によく似ていた。女性からすれば、この少年は恋愛対象に入りやすいだろう。男の私から見てもなかなかに整った顔立ちだった。
「あんま言いたくないけどさ、あいつブラコンだから」
「…は?」
「だから、ブラコン。異種族での兄妹では多いぜ?」
「…なん…だと…」
つい、彼の顔をまじまじと見てしまう。嘘をついている顔ではなかった。それどころか、驚いた私を心配しているようにも見えた。
「いや、けど…大丈夫だって!お前…サイモンの事、剣の先生としては好きみたいだし!」
「やめてくれ…逆につらい…」
ここまで哀しい思いをしたのはいつ以来だろう。少なくとも、この姿になってからはそこまで哀しい思いをした事は無い。
「…あの、頑張れ。な?」
少年の手が肩に置かれた。その時、私は如何に自分が無理をしていたかを思い知った。
 
 彼女を庇った時にできた傷は、誇りだと思っていた。今となっては、単に鎧を傷つけ、私自身も痛い思いをする為のものでしかないように感じた。それでも、騎士の様に彼女を守る事が出来るのなら、彼女に触れる事が出来なくとも、彼女を守る騎士でありたいと思う。
作品名:騎士でありたい 作家名:グノー