南国の夜空の下で…
星が美しい南国の夜は最高だ。
元より日差しが弱く、過酷な厳冬の季節が長い国であるドイツにとっては、暖かい南の島での休暇は非常に魅力的と言えた。
昼間の熱すぎる太陽が海の彼方に消えると、ほんの少しひんやりした夜気が火照った肌に心地よい。
隣には愛しいイタリアがぐっすりと眠っている。昼間はしゃぎ過ぎて疲れたのだろう。
…後は、遭難しているのでさえなければ、何も言うことはないのだが──
「……ねぇ、ドイツぅ〜」
──来た。
ついに目を覚ましてしまったか。このまま朝までおとなしく寝ていてくれればと思ったのだが……。
「……駄目だ」
イタリアの提案がなされるのを待たず、ドイツは素早く却下の判断を下す。
「え〜?……まだ何も言ってないよ〜」
「……」
お前の言いたいことは、言わなくても分かっている。問題外だ。だから却下。いちいち説明はしない。
「ねぇ、ねぇ、いいでしょ〜?」
そう来ると思ったが……。
「駄目だと言ったら、駄目だ」
ドイツの答えは変わらない。
「何でぇ?だって遭難してるんだよ?無人島だよ?誰もいないよ?」
しつこく畳み掛けてくる。今日のイタリアはそう簡単には諦めないつもりらしい。
……まあ、それもいつもの事だ。
「……外に日本が居る」
「ヴェ〜、日本はそんなこと気にしないよ!ねえ、日本?」
──余計な事を言うんじゃない、この馬鹿!
焦っても既に時遅し。
『……どうぞ、わたくしのことはお気になさらず。狸の置物だとでも思って頂ければ』
予想通り、テントの外からは丁寧な返事が聞こえてきた。
狸の置物だ?どういう例えなんだそれは?!日本の考えていることは未だによく分からない。
……隣でしつこくねだってくるイタリアも然りだ。
全く、ただでさえ興味津々、期待満々、新刊万歳で待ち構えているヤツに、わざわざ餌を投げ与えるようなマネをしてどうする!
ドイツは気持ちの中で頭を抱えたが、やる気満々のイタリアはドイツの密やかな苦悩になど気づく気配すらない。
ヤツの国では空気を読まないことをモットーとしているのではないかとすら思えてくる。
「ほらぁ、日本もああ言ってるしぃ〜♪」
そんな風にすり寄って来るんじゃない!
「駄目だ──俺が気にする」
再度、言下に却下。こいつには、はっきり言わないと分からないのだ。
「何で〜?何で〜?」
まだあきらめないのか──ちょ、な、何を擦り付けて来てるんだ!
「……何でじゃない。今言っただろう、いいから黙って寝ろ」
次第に体温が上昇してくるのがはっきり分かる。このままではまずいことに……。
「……ドイツのケチ!」
何?!──ケチとは何だ?どういう意味だ?
「……いじわる」
意地悪だと?──俺がか?俺がいつ苛めたというんだ!
「……くすん…ひっく…すん……」
さっきまであんなにしきりと体を摺り寄せて来ていたイタリアが、急に離れたかと思うと、今度は泣き声が聞こえてきた。
「嫌いだ、ドイツなんか。……大っ嫌い!」
そう言うとイタリアはひどく泣き始めた。
──う、うそ泣きに決まってる。俺の注意を引こうとして……。
「イ、イタリア……」
「やめてっ、触らないでよ!ドイツなんか大っ嫌いっ!」
ドイツはおろおろしながら起き上がり、慌ててイタリアの肩を抱き寄せようとしたが、手ひどい拒絶を受けた。
「待ってくれ、イタリア!頼む、そんなつもりじゃなかったんだ……!」
「……もう知らないっ、ドイツなんか!俺に触らないでって言ってるでしょ!」
「……」
泣きじゃくるイタリアを前に、ドイツは途方に暮れた。
「なあ…すまない、イタリア、本当だ。お前を泣かせるつもりじゃなかったんだ、……分かってくれないか?」
「嫌だ、嫌いだ、ドイツなんか……俺の気持ちなんか少しも分かってくれないくせに……」
かなり聞き取りにくい答えが泣き声混じりに聞こえてくる。
「その……俺はどうしたら良かったんだ?どうして欲しいんだ?」
──そもそもこの状況で俺にどうしろというのか。
外では日本がその事を隠す様子もなく、興味津々で聞き耳を立てているのがありありと分かっているというのに……
「いじわる!分かってるくせに……」
そう来るとは思ったが──
「なあ、頼むよ、イタリア。……そのだな、二人っきりになれたら、何でも、どんなことでも、いくらでも、お前の好きなだけしてやる。だが、今は──」
──この状況で、できる訳ないだろう?そこのところは何とか分かって欲しい。
「嘘吐き!」
その言葉を聞いた瞬間、ドイツは胸から心臓が飛び出しそうになった。
「ドイツはもう俺のことなんか好きじゃなくなったんだ!──だって、最近忙しい忙しいって、全然構ってくれないし……」
「ち、違うんだ、イタリア、それは……!」
イタリアは泣きながら突然立ち上がった。その時、空にわずかに掛かっていた雲が切れ、美しい満月の光がねっとりと明り取りから差し込んだ。
月光に照らし出されたイタリアの横顔に、ドイツの胸の鼓動は再び一気に跳ね上がり、そのまま息が止まりそうになった。体温の上昇と共に、体の中心に一気に熱が集まり始める。
愛らしい茶色の瞳は誘いかけるように潤んで、涙なのかよだれなのかしっとりと濡れた唇が月光にぬらりと光る。わずかに歪んで震える珊瑚色の濡れた唇の隙間から、ちらりとピンク色の舌がのぞいて唇を舐めるのが目に入る。──どうやら嘘泣きではなかったらしい。頬は薄っすらと赤く染まり、涙に汚れてくしゃくしゃだった。
もう止められなかった。
意識とは別のところで、体が勝手に動いて、あっという間に立ち上がろうとしたイタリアを捉えてそのまま地面に押し倒した。
その時イタリアの唇の両端が笑みのような形に引き上げられたように見えたのは、俺の気のせいに違いない。あの純真なイタリアが、そんなこと……ありえない。
かすかにそんなことを意識したような気もするが、そのまま夢中になって珊瑚色の濡れた唇に口づけた。
ああ、それにしても、この状況──!
だから、嫌だと言ったんだ。駄目だと。
日本の見ている目の前でこんなことをするなんて俺にはとても耐えられない!
いや、正確には見てはいないかもしれないが、この状況では見られているのと同然ではないか?!
心の中でどんな言い訳をしようと、ドイツの体はもはや言うことを聞かなかった。
<ende>