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避雷針に鴉 ※インテ新刊サンプル

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漆黒の闇に溶け出しそうな黒いコートがゆらりと揺れて、曖昧だった境界線が少しその姿を現す。けれど、すぐにまた黒に沈む黒が再びその男を闇へと誘っていく。
思えばこの男は黒ばかり身に纏う。
毎日が戦場で戦争だった高校の、初めて対峙した時も男は学校指定外の短ランを着用しており、その身をやたらと際立たせていた。
その学舎から放たれた後も街でその姿を見かける度に男は黒い服を着ていた。だから自分にとっての黒とは即ち敵を示す色でもあった。もちろん、黒い服を着ているからといって誰彼構わず襲いかかる訳ではないが、視界の端に黒いものを捉えては思わず身構えてしまうことは少なからずあった。ただそれも今となっては稀なことで、視覚よりも先に嗅覚が、嗅覚よりも先に直感がその存在を教えてくれる。
暗い空から落ちてきた白い雪が肩に一瞬留まり、消える。その度に明滅するそれを何と呼べばいいのだろう。水気の多い雪はどこにも積もることはないから、きっとそれも一生曖昧なままだ。曖昧なままでいいんだ。


目蓋の裏の残光を頼りに捕まえると、それはいやにはっきりとした質感を以てその存在を伝えてきた。
今ここにある高揚感は後で絶望的なまでの虚無を連れてくるだろう。それを分かっていてもなお、自分はこの手を取ると決めた。
東京の雪は重く、アパートへ着く頃には静雄のジャケットも臨也のコートも雨に打たれたようにびしょ濡れになっていた。
平素あれだけやかましく回転する口が今は何の音も発さない。それだけで臨也の九十パーセントは無くなったように感じられる。普段静雄がキレる原因の半分以上が臨也の言動によるものであるため、口を開かない臨也というのはあまり静雄の神経を刺激しなかった。とは言え、このまま黙りこくられてもそれはそれでキレそうではあるが。
とりあえずは大人しく、静雄のなすがままになっている臨也を部屋の中へひっぱり込み、水を吸って重くなっているコートを脱がせた。