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HAPPY LIFE

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イングランドに行ってからというもの、ろくに帰省すらもしなかった。帰るつもりも無かったし、元より帰る場所も無かった。だからいつの日か、こうしてまたこの地を踏むとは思っていなかったのだ。
「はは、俺って愛されてんね」
 そう言って笑って見せれば、隣から聞こえるのは大きな溜息。折角人が良い気分で居るのにと呟けば、呆れた様な表情を返された。
「お前、俺がどれだけ大変だったか分かってるのか?」
「迎えに来たのはお前の勝手だろ」
言われた言葉に憎まれ口で返してしまうのは、昔と何も変わらない。一つそう言って笑えば、相手は再び大きな溜息を吐いた。それはもうどうしようもない程に、深い深い溜息を。


 イングランドへ行った時も、必要な物は向こうで揃えた。そしてこっちへ戻ってくるのも急に決まった為に、何もかもを向こうへ置いてきてしまった。もっとも、前もって日本へ戻る話を聞かされていたとしても、やはりその手には何も持っては来なかっただろうが。
「お前、どこに住むつもりなんだ」
「クラブハウス」
「お前、昔から遅刻しがちだったから、せめてこの辺の近くに…って、…え、今、お前何て言った?」
「…だから今、クラブハウスだって言っただろ」
 昔から、無気力で何事にもやる気を見せない男だとは思っていた。やる気なのは、フットボールに関わる何かの時だけ。それ以外は、例え自分の事でさえどうでも構わない。それが達海という男だった。それを十年振り程に、改めて思い知らされて、後藤は愕然とした。思い知らされたと言うより、思い出したの方が正しいかも知れない。
「クラブハウスって、ここの事だよな?」
「それ以外、どこがあるって言うんだよ。後藤、お前、久しく会わない内にもうろくした?」
尋ねた言葉に返ってきたのは、相変わらずの軽口。へらりと笑って憎まれ口を叩くそれに、後藤は段々と腹が立ってくる。こんなもの、笑って受け流せば良いのかも知れない。だが今話しているのは、この男自身の事なのだ。自分の事くらい、真面目に聞いてはどうなのか。
「達海、馬鹿言うなよ。クラブハウスに住む監督なんて、聞いた事ないぞ」
「ああ、それ有里にも言われた」
後藤に言った言葉を有里にも言って、そして散々怒られた事は、ついさっきの話だ。それを聞くと、後藤は更にがくりとうな垂れた。有里にも同じ事で怒られたなら、どうしてそれを止めようとしないのだ。
「別にいいじゃん。ここに住んだ方がグランドまで直ぐだし、便利だろ」
「そういう問題じゃないだろ。俺が言いたいのはさ」
そこまで言うと、後藤の前の達海がすくりと立ち上がる。何かと思えば、その男は、またへらりと笑った。
「という訳で、買い物行くから付き合ってくれ」


 クラブハウスの近くにあるホームセンターに行くと、後藤に買い物かごを持たせて、達海がその中にぽいぽいと物を投げ込んでいく。その様子に、段々後藤は不安になってくる。ただ買い物をしているだけなのに、この気持ちは一体何なのだ。
「おい達海。…お前、金持ってるんだろうな?」
「は?お前が俺をここまで引っ張ってきたんだから、ここは普通、お前持ちだろ」
「……」
へらりといつもの様に返される笑顔に、何だか段々と怒りさえ沸いてくる。嫌な予感はまさにこれだったのだ。
「別にいいだろ。どうせその中にはお前の物も入ってるんだし」
「え?」
今回買い物に来たのは、達海の物を買う為に来たのであって、後藤も物を買うなど考えていなかった。何を言っているのだと思って、後藤がかごの中を覗いてみると、彼の顔が引きつった。
「なあ、達海。どうして歯ブラシだとかコップだとかが、二つずつ入ってるんだ?」
「え?だってどうせお前、俺の部屋に来るだろ?」


 十年前からずっと、後藤は達海に振り回されてばかりだ。昔もそして今さえも、その形は変わらなかった。そしてそれでも後藤の思いが変わらないのが、自分でも信じられない。そして達海がその事実を知っているのも腹が立つ。
 買い物袋を提げたまま、後藤がかつかつと歩く。早足で歩く後藤の後ろを、達海がぱたぱたと追いかけてくる。
「おい、後藤っ!何怒ってんだよ!」
「別に怒ってなんかいないさ」
「それ以上分かりやすく怒ってる奴なんて、お前以外にいないっつーの!」
どうして自分は、こんな男が好きなのか。立ち止まると後藤は達海の顔をまじまじと見つめて、深い溜息を吐く。
「…勘弁してくれよ」
作品名:HAPPY LIFE 作家名:とうじ