ひとりぼっちの大宇宙
彼の登場は、ヒロトにとってそれこそ青天の霹靂だった。渇望していた空の向こう、宇宙、そこからやって来たと言い張る自分たちよりも宇宙人然としていたかもしれない。いや、それを超越していたとも言える。彼の姿を追うだけでヒロトの気持ちは浮足立ち、対峙すれば血が沸き立った。彼に自分という存在を知ってもらいたい、認めてもらいたい。そう望んでしまったヒロトは大人たちの言うことを生まれて初めて破り、彼の前に姿を現した。明らかに不審者であった自分に、彼は最初こそ訝しんだものの笑顔を向けてくれたので、ヒロトはますます嬉しくなってしまった。少年の名は、円堂といった。
その後もヒロトは円堂と相対する機会を持ったが、徐々にヒロトは自分の心が彼へと傾いていくのを感じた。その度に胸に去来する心地良さと、焦がすような少しの熱さはヒロトにとって初めての体験であった。ただの通りすがりとして、友人として、そして敵として、ヒロトと円堂の関係を示す名前は会う度に変わっていったけれど、彼がヒロトを見据える目だけは変わらなかった。彼の目はいつだって燃えるような色をしている。世界で一番美しい色ではないかとヒロトは思い、そしてそれを喜ばしいことだと捉えていた。しかし、いつしかヒロトはその裏の真実に気がついてしまうのだ、彼が見ているのは自分やその他の人間ではないと。彼も自分と同じように、向き合った人間だけをその目に映しているのだと思っていたのに、彼が見ているのはこんなちっぽけな存在ではなかった。その後ろにもっと大きな何かを見て、彼は目を煌めかせている。なんと残酷なことだろう、こんな思いをするなら知りたくなどなかったとヒロトはその夜、さめざめと泣いた。そして、朝日が昇る頃になってヒロトはまた知ってしまったのだった。自分が円堂をどのように思い、彼からどのように思われたいかを。大切にしたい、そして大切に思われたい。もっともっとと尽きることのないこの感情を、月並みな言葉ではあったが、ヒロトは愛と名付けた。
愛を知ってからのヒロトの世界はみるみる内に華やかさを失い、まるで知らない惑星のような有り様だった。そこに存在する色とは円堂が与えてくれるもののみで、花も鳥も星空さえも感動をヒロトに与えてはくれない。あんなに望んだ宇宙は暗く冷たく、しかし円堂の姿を見とめた時だけ自分の体は灼熱に包まれる。まるで太陽だ。ここは宇宙だ。人類皆兄弟だなんてそれは嘘だ、皆がライバルだ。彼を挟んで向こう側に立つ彼らは皆ライバルだ。彼らを蹴り落とし、出し抜き、這う這うの体でようやく彼へと辿り着いた時にこそ、初めてその笑顔は自分にだけ向けられるのだろう。そしてその日がくるまで、基山ヒロトはこの星でどこまでいっても一人で、一人ぼっちで、
「どこまでいっても片思い?」
そう呟いてからうふふ、と思わず笑いがこぼれた。本当はそんな可愛らしい言葉で片付けられるような話じゃない。でも茶化してなければやってられない。辛い辛い現実というものを、ヒロトは今になって初めて見た気がしている。今まで綺麗なものしかない世界に住んでいたのに、顔を掴まれ目を無理やりこじ開けられ、自分にそんな苦悩を教えたのはどんなに酷い奴かと思えば相手はとても素敵で優しく、そして誰よりも強い小さな一人の少年だった。そんな酷い世界に、惑星に、今のヒロトは住んでいる。
いっそ僕たち、出会わなければ良かったね。でもそんな事、彼には言えない。
作品名:ひとりぼっちの大宇宙 作家名:柚原ミツ子