麻酔
「……ん」
「さかえぐち、髪伸ばさないでね」
わざと息を吹きかけるように耳元でいたずらっぽく笑われ、思わず身を捩らせる。
「な……んで……?」
「弱い所露出してんのって、なんかエロいじゃん。しかもそれ知ってるの、オレだけだと思うと興奮すんだよねー」
まるで歌でも歌うかのような口調で理由を述べると、水谷はオレの耳全体を舌で一舐めした。
「はっ……や、めろ」
「えー? ヤダ?」
睨みつけて抗議をしようと振り向くと、水谷は右手を死角になったオレの中心へと滑らせる。
「へへー。おっきくなってきたね」
「やめろ、って」
堅いジーンズの上からでも、掴まれればそれなりに刺激があって反応してしまう。動き続けるそれを制そうとするオレの両手を、水谷は左腕だけでいとも簡単に纏め上げた。
「みず、たに」
「挿れちゃいたいけど、明日も学校あるからね。手でしてあげよっか?」
「い、いいから、ほっとけよ」
「遠慮しなくていいよー」
オレの話なんてまるで聞いていない水谷は、器用にベルトとボタンを外し、ファスナーを下ろして半勃ちになったそれにいきなり直に触れる。
「う……あ……」
「……あったかーい」
ホッカイロみたいとかほざきながら氷のような手のひらでしばらくただ握り、ご丁寧に手の甲まで押しつけて水谷はオレの中心から熱を奪って行った。
「萎んじゃったね」
そんな当たり前の事、同じ男なんだからわかるだろ、と言いたくなるような感想を述べられ、オレの気持ちまですっかり萎えてしまう。
「もういいから、離せよ」
「ヌかなくていいの?」
「……そんな気分じゃ無くなった」
今度こそ水谷の手を払い除け、防寒具代わりにされたそれをそそくさと納めた。立ち上がり、乱れた服を直してから水谷を振り返ること無く手水舎の陰に停めた自転車へと向かうと待って、と水谷が追いかけてくる。
「怒ってる?」
「……別に」
「ごめんね」
自転車に鍵を差し込み、体を起こした所で全身が水谷の香りで包まれた。
「このまま帰るのはやだ」
ごめん、と今日何度目かの軽い謝罪の言葉を耳元で囁かれれば、情に絆されるのと諦めが半々で腹立たしく思っていた事すらどうでもよくなる。
「怒ってないよ」
「ホント?」
「うん」
「良かったー!」
オレに回した腕で背中を大きく三度擦ってから、水谷が顔を上げた。そのままゆっくり近付いてきたのを確認し、次に起こるであろう仲直りの儀式に備えて目を閉じると、一度唇に感じた温かい空気が消え、代わりに頬に濡れた感触が残る。
「……?」
「口でやってもらった後ってさ、キスすんの微妙じゃね?」
何か自分のチンコに口付けるみたいで、とヘラヘラと笑う水谷の身勝手さに、もはや怒りすら湧いて来ない。
オレがここまで人を見る目が無く育ったのは、両親のどちらにも性格が似なかったからだろうか。
「あ、隔世遺伝……?」
ん? 何が? と首を傾げる水谷を一瞥してから、オレは生まれて初めて親を恨めしく思った。