縁(えにし)
散っていく命が惜しまれた。例え、どんな理由があっても、目の前で消えていく命が見過ごせなかった。
手を汚すことが怖かったわけでも、嫌だったわけでもない。だってそれが忍務だから。忍だから。
抵抗はなかった。
ただ、命を見過ごせなかった。怪我を見過ごせなかった。気が付けば自分の切った傷を手当てしていた。
馬鹿みたいな話だが、忍務の帰り道、怪我人が落ちている。そんな当たり前の状況を、どうも我慢ならなかった。
だから、医者になる。
薬師になると決めた。
「やあ、何年ぶりかな?」
「二年だ。お前は相変わらずのようだな」
小さな貸し屋を寝城に、薬屋件医者をしていた。
普段立てつけの悪い戸がすんなりと開く。開けた人物を見て、思わず笑みが溢れた。
懐かしい顔。立花仙蔵だった。
学園を卒業してから連絡などもちろん取り合っている筈もなく。こうして僕らが出会うというのは本当に珍しい。
もっとも僕は薬師である。一番顔を合わせているのは僕だろう。
仕事柄、出会っても敵方ということもある。噂だけがかつての同級を知る手段であり、便りだった。
「三日前だったら留さんが居たのに」
残念。そう言えばにやりとニヒルに口端を歪ませ、それはそれは本当に残念だと言った。まるであの場所で過ごしていた頃のように。
留さんが何の用だったかは聞かない。薬屋に忍者が訪れるのは忍務と決まっているからだ。それに、僕が決して口を割らないと知っている。
「追われてるらしいな」
「僕は治療してるだけなんだけどね」
「誰かれ構わずというのが悪い」
まあ、それもお前らしいよ。そう言って腰を落ち着けた彼に自家製のお茶を出す。短く礼を言い、うちで一番綺麗な湯呑みに口をつけた。
「そういう仙蔵は簡単に人から出された茶を飲んじゃうんだ」
「毒かそうでないかくらいわかるさ」
今日のおやつの予定だった、とって置きの饅頭をお茶うけに、昔話から近状まで花をさかせた。
そうして日が真上からちょっと西に傾いた頃、彼は帰っていった。
部屋の戸が閉まり、再び僕は一人になる。一人暮らしには慣れた筈なのに、この賑やかさと静けさの相反する雰囲気には慣れない。
見送りを好まない彼のことだ。きっともう目につかない場所へ行ってしまっただろう。
「お前は忍者にならなくて良かったよ」
お前だけは、いつまでも友と言える。九無も交えることもなく、笑って昔話が出来る。いつまでも、お前らしく生きていけよ。
そんな彼の、何年か越しの本音を聞いて嬉しいやら悲しいやら。
忍なんて寂しい生き物だよ。
三日前に訪れた彼もまた、同じように苦笑し、去っていったのを思い出す。
自分が望んだ道だ。悔いはない。ただ、それだけは強く言った。
「さて、荷物をまとめなくちゃ」
懐古に耽るのもそこそこに重い腰をあげる。
またどこの誰とも知らぬ暗殺者がこの場所を突き止めたらしい。
仙蔵の用事は伝達だった。留さんも、その前の貸屋を訪ねてきた長次もそうだった。
引越しに引越しを重ね、誰にも新居を教えたわけでもないのに誰かしらが顔を出す。
「まったく、筒抜けだな」
苦笑いをした筈なのに、腹の奥はぽかぽかと暖かかった。