私の先輩
毒も棘もあるこの美しい先輩の、手や体は、思いの外傷だらけである。
昼寝に借りた背中は、見た目を裏切って広く、硬く、寝心地が悪かった。
六年。最上級生。この学園で六年生き残っているとはそういう事で。
私が一年の時はたくさんの先輩がいた。顔も名前も知らない先輩が学園を去り、命を絶ち、つまり。忍であるというのはそういう事で。
さらりと長い黒髪を、いつも見ていた。
彼はいつも完璧であった。
完璧に、忍であった。
だから時々怖くなる。馴染んだ硬い背中も、いつかふと、なくなってしまうのではないか。と。
「喜八郎」
私の名を呼ぶ声が優しいのは、彼にとって私が庇護するべき者だから。
私が、弱いから。
穴堀りで手の皮は厚くなった。力だってついた。四年、この学園で過ごした。それでも私は弱かった。
来年、彼はいなくなる。
忍になる。
昼寝に背中を借りることも出来ない。
「重いよ」
そう不平を言いつつ、笑いながら、彼はまた小さな下級生達と悪戯の算段を続ける。
私など、重くなんてないだろう。彼はたくさんの宝禄火矢を持ち歩いている。何処にしまっているかは永遠の謎であるが、それ以上にそんなものを持っていて重くない筈がないのだ。
私など、小さなこま鳥が肩を借りている程度に過ぎない。
それが酷く悔しくて、情けなくて、憎らしい。
ほんの些細な抵抗に、寝たふりをして。背中にかかる体重を増やした。
「綾部先輩寝ちゃいましたね」
「そうだな」
「もっと小声で話せよ伝七」
彼は狸寝入りをした私を笑ったのだ。可愛いことをする後輩達だ、と笑ったのだ。
私は、きっと、ずっと、この美しい先輩だけには敵わないだろう。
ただ彼がまだ私の先輩であるうちは、彼が学園にいるうちは、生意気な後輩でい続けようと思った。