君への、エール
一之瀬くんと土門くんがアメリカ代表にいたよ。
二人とも元気そうだったよ』
君への、エール。
手早く返信を済ますと、パチンと小さな音を立てて携帯を閉じた。
差出人を含むマネージャー達や、かつて共に同じフィールドを駆けた仲間達は今世界に挑戦するべく、異国の空の下にいる。
アジア予選までは国内開催だった為、同じ仲間であった塔子とよく応援に行った。けれど、世界大会本選が行われるのはライオコット島という海外の島だ。しがないお好み焼き屋の娘ではとてもじゃないけど、応援に足を運ぶことなど出来ない。
「ええなぁ…」
すぐ近くで世界と戦う皆を応援できるというのもそうなのだが、エイリアとの戦いを終えてアメリカへ帰ってしまったダーリンに会うことが出来る――それが何より羨ましかった。そう思う程に、恋をしている。本当に。
始まりは一目惚れで、それからずっと近くにいて、知る度にどんどん惹かれていった。一応自分でも気付いているけど、誰から見ても片思い。
それでもいいんだ。諦める気なんてないし、いつか振り向かせて見せる。女は努力とガッツや。
幸い、嫌われてはいない。たぶん。最近ではくっついても無理に引き剥がされることはなくなった。諦めたんかな?それとも慣れ?ダーリンは優しいから、うちがくっついても嫌そうにすることなんてなかった。困った顔は数えきれない程見たけど。
だから本当はどう思ってるかなんて、これっぽっちも分からない。それでも隣に居させてくれた。それは、彼の中での居場所を与えてもらったかのようで、それだけでも嬉しかった。
アメリカへ帰る日には見送りにも行ったし、戻ってすぐの頃は頻繁にメールもした。とは言っても送るのはいつもこちらからで、返信はたまにあるくらいだ。その返信にも毎回「返事遅くなってごめん」と書かれていたので、申し訳なくなって頻繁に送るのをやめた。
メールも稀、電話なんてほとんどない、顔なんて…別れた日以来見ていない。だから今、物凄く彼らが羨ましい。
考えたってどうしようもないことが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。その息苦しさに思わず長い溜め息を漏らした。その瞬間、閉じていた携帯から軽快な音楽が流れる。一瞬ビックリしたが、慌てて携帯を手に取って開いた。 だってこの着信音は、特別なものだ。
「も、もしもし?!」
「あ、ごめん。今マズかった?」
「ううん!そんなことない!ぜんっぜん、大丈夫!」
一之瀬一哉、世界でたった一人の人を知らせてくれる音だ。
「そう、なら良かった」と電話口の向こうで、空気の揺れる音がした。
「何なに?どないしたん?ダーリンの方から連絡くれるなんて珍しいやん」
「実は今日FFIの開会式でさ。久し振りに円堂や秋たちに会ったんだ。それで、どうしてるかなぁと思って」
「…〜〜っ!」
「リカ?」
「ダーリンは優しいなぁ!そんなんでうちのこと気にしてくれて。めっちゃ嬉しい!」
彼の中にまだそれだけの自分の居場所があるのだということが、とても嬉しかった。そんな切欠さえなければ、普段は意識の隅に追いやられているような存在だろう。それはもう仕方のないこと。彼の中での自分の優先順位なんて、きっとランキングにも食い込めないくらいのものだ。そう思っていたからこそ、こうして気にしてもらえて、電話まで掛けてきてくれるだなんて、奇跡みたいだ。
「なんか不思議だなぁと思ったんだ」
「? 何が?」
「イナズマイレブン…今はジャパンだけど、皆がそこにいるのに、その中にリカがいないのが不思議だなぁって。俺があのメンバーといた時は、リカとも一緒にいた時だから」
たぶんそれは自然に出た言葉で、きっとそこにはどんな意味も含まれていないのだ。たったそれだけの言葉だけが、恋する女の子の心にどれだけ響くかなんて気付きもしない。
「…おおきに、ダーリン。うちはそれだけで十分や」
「リカ?」
これから大会が始まって、世界一を目指して駆けだせば、きっとうちのことなんて忘れてしまう。それでいい。例え始まりは一目惚れだとしても、そうやってサッカーをするこの人を自分は好きになったんだ。駆け出す直前に自分のことを思いだしてくれただけでも十分だ。
「ううん、気にせんといて。ところで円堂たちとは試合するん?」
「同じリーグだからね。近いうちに当たると思うよ」
「そっか。そしたらその時はダーリンには悪いけど、うちはイナズマジャパンの応援するからな。イナズマジャパンはうちら日本の代表なんやから」
「わかってるよ。そう言うと思ってた。イナズマジャパンの選手はリカの仲間だもんな…でも、そうだな、少しでもいいからアメリカでプレーする俺や土門のことも見てくれたら嬉しいな」
…ほら、また。こういうとこが困るのだ。そういうことを言うから「好き」がどんどん募っていく。もう気軽に飛びつくことも、隣にいることも、話すことさえ出来ないというのに。なのに、ちっとも忘れさせてくれない。
「……うん。考えといたる」
「よろしくな!ありがとう、リカ」
大好きな人の一言で、女の子の心がどれだけ騒ぐかなんて気にも留めないその人は、以前と変わらず爽やかに「それじゃあ」と言って電話を切った。
うちは通話の途切れた携帯電話を握り締めながら、ドッドッと飛び出す程の自分の心臓の音を聞いていた。その音がまた否応なしに自分に言い聞かせる。
好き。彼が好き。どうしようもなく大好き。
一之瀬一哉を、愛してる。
「頑張って、ダーリン」
大会が始まれば自分は全力でイナズマジャパンを応援する。
だから今だけ。遠い空の下の彼と、日本から出られないうちを結んでくれたその小さな機械に、そっと呟いた。
end