我らが神を信ぜよ
何を子供みたいな絵空事をと思うだろう。けれど、その時私は確かにそう思ったのだ。
神はいるのだ、と。
私が望んでいたものは、そう多くはないだろう。ただ家族を愛し、汗を流して仲間達と働き、日々をおくる。太陽の恵みと大地の実り。人々の笑顔と平凡な毎日。
それさえあれば「幸せ」だと思えた。誠実に生きれば、神は裏切らないのだ、と。
だが、そんなものはただの幻想に過ぎなかった。
まさにその神の眷属である者達こそが武器を取り、戦を始める。田畑を、村を、愛する家族を焼いた。そして、人が人を売り買いする。ただ快楽を得る為の玩具のように、使い捨ての道具のように。
生きる為には充分とは言い難い食事と睡眠。休息が許されることのない労働。絶え間なく鞭打たれる身体。倒れればゴミのように廃棄される命。
苦痛を伴い続ける生。ゴミ屑の様に扱われる死。
「いつかはあの日々のように」そう思って生き抜いたとしても、先に待つのはただ絶望のみだ。
……そう、神など居はしないのだ。
運命の女神は、ただ流れる命を傍観しているだけに過ぎない。そうして、もう数えることを諦めてしまった時間が今日も流れる。そんな中、それは突然に起こった。
気づけば毎日飽きることなく鞭を振り、罵声を浴びせ続けた男共は、次々に泥と血で濡れた地面に倒れ伏していた。
そこには佇むのはただ一人、赤黒い返り血に塗れた男。
カチン、と自分ではどうすることも出来なかった枷が切り外される音が小さく響いた。
「抗う勇気のある者は私と共に来い」
その声は、淀んでいた空気と、私の鼓膜を震わせた。
血塗れたその姿をこの両目で見上げた時、「私の神はここにいる」と確かにそう思った。
躊躇う間など、有りはしなかった。
鋼のぶつかり合う音と、零れ落ちる生の匂。だが、躊躇うものなど何もない。
「シリウス、オルフ、行くぞ」
「「はっ!」」
紫眼の狼・アメテュストス―――それが我らの信じる、唯ひとりの神の名前だ。
end