愛について
人に理解してもらう為の愛では無い。そんなさもしい愛では無いのだ。
私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。
けれども、この純粋の愛の貪慾のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄の業火も問題でない。
私は私の生き方を生き抜く。』(太宰治)
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「ほんとうに、行くのですか。」
背後からの問いかけにもう男は応えない。
「いかないで、と言っても。」
かちゃ、と真空にも耐える強度まで加工されたプラスティックの留め金が音を立て、カナリアイエローのスーツを男の身体に沿わせる手伝いをする。
「……誰が止めても?」
男は、黙ったまま一顧だにせず歩き出す。未練というものがもし男の中に欠片でもあるとしたら、それは置いて歩き去ろうとしている方向に向けて発揮されるものではない。
「―――――大佐。」
その泣きそうな女の声は、誰の声だったのか。男の中では女達の声は入り交じり、既に誰が誰のものか判別さえ容易でもない。
それでもいい。全てを振り切って、自分は歩き出すだけだから。
縫い止められるようなべとつく粘質の足枷を振り切り、男は初めて飛翔のための準備をする。
全てを受け容れて、後欠片もなく滅びるために。