終わりなき旅
νガンダムでアムロが脱出カプセルを抱え込んでくれた御陰で、シャアの怪我は思ったよりも軽傷だった。寧ろ、アムロの怪我の方が重かった程だ。
病院でアムロの容態が落ち着くまで側に尽きっきりだったシャアであったが、どうやら持ち直して意識が回復しそうだ、と医者から告げられたその夜に、病院から姿を消した。
意識を取り戻したアムロは、きっとロンド・ベルの仲間と連絡を取り、回収に来て貰うことだろう。その時に、自分は邪魔だ。
脱出カプセルを抱え込み、救命してもらった自分が連邦軍に捕まり、然るべく裁かれることをアムロは望んでいるのだろう。
己の為したことへの報いは当然受けるべきだ、と。
しかし、別の一面で、逮捕され、処刑されるであろう(もしくは政治犯として一生投獄されるであろう)ことを、果たしてアムロが良しとするだろうかと。
そのどちらとも判断が付きかね、有り体に居れば逃げ出したのだった。
病院を出て来たものの、特に行くあてがある訳でもなく、シャアは近くの公園のベンチで座り、青い空を見上げていた。
随分と、空も高くなった。
腕を天空に向けて伸ばす。もう、あの大気圏の向こうの世界は、シャアの手には到底届かないものになってしまった。
しかし、不思議とそれを残念だとは思わなかったし、これからどうしようと思っては居たが、悲観的なことは浮かんで来なかった。
とりあえずの心境としては、ネオ・ジオンに戻るのはもう真っ平ご免であった。
公園のベンチで何も考えずに座るシャア・アズナブル、というのは返って誰も思いつきもしないのか、何人もが通り過ぎて行くが、誰もシャアには視線を留めない。
世界が自分だけを無視して進んで行くのが居心地よく、シャアはゆったりと瞳を閉じた。
相当に油断していたのだろう、背後から忍び寄る気配に、首筋に腕が絡んで来るまで気付きもしなかったのだから。
「だーれだ」
耳元に触れた柔らかな響きの声音と、シャツ越しの背中に感じる体温の温かさに、金髪の男はまず己の感覚を信じられずに固まった。
暫くなんども口を開けたり閉めたりしたあと、恐る恐るその名前を口にする。
「……アムロ・レイ、か?」
嘘だろうとすら思いながら、脳裏に浮かんだこの世界でたった一つシャアの手の平に残った名前を呼んでみる。
背中越し、僅かに笑う気配があった。
———置いて行くなんて、随分薄情な男だな、あなた。
甘い声で詰られてもそれでもまだ信じられず、次の言葉は永遠とも呼べる程の時間、シャアの脳内を彷徨い続けたのだった。