はれたらいいね
ひょこんと書斎のドアから少年が顔を出す。
「なんだ?」
「うん、次のお休み、一緒に山に行かない?」
「山?」
「そう、山登り。」
普段インドア引き籠もり一直線のアムロがいやに前向きアウトドアなことを言い出したので、私は思わず首を傾げた。
「それは、いいよ。アムロが行きたいのなら、私はどこにでもつき合うよ。」
私の答えにアムロは満足したらしく、にっこりと微笑んだ。
「そう、良かった。」
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約束の日、幸いにも空は晴天で。
アムロは普段あまり外歩きをしないので正直こんな山道は辛いだろうに、一生懸命口元を引き結んで着いてくる。
その様子が可愛らしくて、おんぶしてあげようかと聞いたら、バカにすんなと危うく蹴られそうになった。
高い草をかき分けて、小高い開けた丘に出る。
本格的な山歩きの気はなかったので、ハイキング気分でそこで昼食のバスケットを広げる。
「あのね、知ってる?」
アムロに尋ねられ、私は何が、と聞き返した。
「今日って、僕とシャアが出会って、15年目の記念日なんだよ。」
その言葉に、私は一瞬詰まってしまった。
「そうだったか?」
アムロが琥珀の瞳を大きく見開き、私を睨んだ。
「忘れたの?」
いいや、と首を振る。アムロと初めて出会った時のことは、今でも忘れられそうにない。
ただ、あの日は酷く雨が降っていて、こんなに空気も澄んでいなくて晴天ではなくて。
記憶の奧からフラッシュバックしてくるあの日の映像の数々。
アムロはこんなに大きくなったよ、ララァ。
感慨深く思いながらポットから甘い紅茶をつぎ分けてアムロに手渡す。
アムロは黙々とパンに中身を挟んで即席のサンドウィッチを作っている。
トーストしたパンに、薄く切ったタマネギをレンジにかけて辛味を飛ばしたものとレタスとトマトとが沢山。
それにハム。ざくざくと固まらない中身にケチャップだけかけて食べるこのサンドウィッチがアムロは好きだった。
かぶりついている少年にケチャップを落とすなよ、と警告してから私もアムロの作ってくれた自分の分を取り上げる。
アムロがふと口を開いた。
「サンドウィッチくらいなら作れるよ。」
口元にパンを運ぶ手が止まる。
「アムロ?」
少年は丘の向こうの青空を見つめたままだ。
紅茶の湯気が上がる。
「もう、こんな山だってあなたに着いてこられる。お茶だって入れられるよ。」
言って、初めて私の方を振り向き、口元にケチャップを付けたままお日様のように微笑む。
「来年も来ようね。また、その次も。今度は僕があなたを連れてくるよ。運転だって、僕がする。」
不覚にも。
目を瞬いてしまったのを太陽の光が目に眩しかった所為にして、私は愛用のスクリーングラスを持ってこなかったことを後悔した。
「ああ、また来よう。」
約束しながら、私は指を伸ばしてアムロの頬からパンくずを払ってやった。
晴れたらいいね。
終。