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カミーユ・ビダンは深々と溜息をついた。

「あの、ですね」

　そこで言葉を切り、秀麗な顔に盛大に皺を寄せてカルテと患者の顔を見比べる。元々が美形なだけに、険悪な表情はいっそ凄味があるほどだ。

「なんですか、これは」
「えーっと、……なんだろね？」

　しかし、そんなコワモテの青年医師に怯えることもなく屈託なく笑いながら小首を傾げた患者に、今度こそカミーユが切れる。

「なんでこんな高熱が出て目眩がしてから医者に来るかな、このウスラトンカチ！」

　ごいん、と頭を殴られて、ジュドーが思いきり涙目で抗議する。

「ひっどい、カミーユさん、俺病人よ？」
「心配するな、その位の熱じゃ、バカにはなっても人は死なない」
「ちょ、鬼！」

　だからカミーユさんが当直の病院に来るのは嫌だったんだ、とブツブツ呟くジュドーの胸ぐらをぐいと掴み、カミーユは深青の視線でジュドーの緑の瞳を覗き込んだ。

「注射と座薬じゃどっちが好みだ？」
「どっちもカミーユさんがやってくれる？」
「安心しろ、この病院で最もぴちぴちの研修医に任せてやるから」
「うっわー、性格悪い！」
「どっちが！」

　吐き捨てるように言うとジュドーの胸ぐらを離し、険悪な表情のままでカミーユがふいとそっぽを向いた。

「……ったく、一緒に暮らしてるのに、これじゃ俺が藪みたいだろ」
「うん、ごめんねカミーユさん」

　しおらしい表情で謝ったのもつかの間、でもさ、と直ぐにジュドーは反論を試みる。

「でもほら、俺ってカミーユさん病に罹った重症患者だからさー、カミーユさんがあんまり名医じゃ困るな。一生治らない予定なんだよね。不治の病っていうか」

　言い放った瞬間、もう一度ごいんと頭を殴られ、ジュドーは半端でなく涙目でカミーユを睨んだ。

「ひど、病人だって言ってるのにー！」
「うるさい、そんな元気な病人があるか！　なにが不治の病だ、病んでるのはお前の頭だ。今すぐ完治させてやろうか、バカ」

　言いながらカルテを取り上げて何やら殴り書きを始めた青年の耳がみるみる赤くなるのをのんびり見ながら、俺ってほんと死に至る病、と幸せそうな顔で重症患者は笑ったのだった。

　その直ぐ後に医師が取り出した、良く効くというやたらに太い注射器を目にするまでは。







おしまい。