おしどり魔法使い
「ソフィー、お帰り! 遅かったね」
真っ先に近付いてきて目元にお帰りのキスを落とす青年を見上げ、ソフィーは苦笑した。
「ハウル、まだ夕方よ?」
「だって君、出かけるときに昼過ぎには帰るって言ったじゃないか」
拗ねたような口調でそんなことを言い、最近ではすっかり黒髪が定着した大魔法使いは何かに気付いたようにソフィーに顔を寄せ、くんくんと匂いを嗅いだ。
「あれ、ソフィー、いい匂いがする」
「分かった? 途中でお土産にクッキーを買ってきたの」
言いながら外套の下からクッキーの袋を取り出したソフィーに、歓声を上げてマルクルが飛びつく。
「わぁい、お土産?」
「今は一枚だけよ、夕食が入らなくなるから」
言いながらマルクルにクッキーを一枚手渡し、ソフィーはハウルを見上げた。
ハウルはクッキーの紙袋を見て、なぜか難しい顔をしている。
「はい、ハウルにも」
「クッキーは嫌いじゃないけどね……。君、レティーの所に寄ったの?」
「そうよ、いけない?」
「いけなくはないけどね……」
ハウルは溜息をつき、ソフィーの手から直接クッキーを囓り取ると、そのまま彼女の腰を抱き寄せた。
「あの店、最近じゃ「レティー・ハッター信奉者」じゃなく、「ハッター姉妹信奉者」の溜まり場だって噂だし、心配にもなるよ」
「まぁ、ハウルったら。そんなことあるわけないじゃない」
ソフィーは呆れたように言うと残りのクッキーをハウルの口に押し込み、新しいクッキーをカルシファーの口に投げ込みながら、着替えてくるわと軽やかに階段の上に上がっていった。
「……ああいうのは、自信がないっていうのか、無自覚っていうのか、どっちだろうね、カルシファー」
「オイラに聞くなよ、夫婦の問題なんか」
ここの所、せっせと女性の元に通っていたそのパワーを全てソフィー一人に向けているためか、すっかり惚気と愚痴の耐えなくなったハウルにげんなり言い返すと、炎の悪魔は口の中でヤケのようにボリボリと音を立ててクッキーを噛み砕いた。
おしまい。