おさななじみの
「あのさ、……治る?」
言われて、白衣に眼鏡をかけた女性は深い溜息をつく。その後で、きっと鋭い視線で男を睨んだ。
「ヒビキくん」
「はい」
「そこに直れ」
「すいません」
深々と頭を下げられて、大体かわいこぶっても駄目だってば気持ち悪い!とヒビキの必殺お願いポーズが唯一通じない(と、ヒビキ本人は思っている)相手であるところの滝澤みどりは柳眉を吊り上げて腕組みをした。
「な〜に〜? このディスクアニマルの残骸! 壊れたなんてレベルじゃないじゃない!」
「申し訳ございません、全てこの不肖ヒビキの力不足でございます」
言いながら破損した欠片を指でつまんで突きつけると、平謝りで平身低頭する男に少しは怒りを和らげたのか、みどりは苦笑しながらも仕方ないなぁと呟いた。
「今夜は頑張るわ、ヒビキくん、明日も出動でしょ?」
「そう。ごめんな」
「いえいえ、お互いお役目だからしょうがない」
がんばろう、と小さく気合いを入れたみどりは、ふと何かを思いついたようにヒビキの顔を覗き込む。
「あ、でも、折角ヒビキくんがこんな反省してるんだから、なにかして貰っちゃおうかな」
「……なんだよ、不気味だなお前」
「今日はこれから、ヒビキくんは私の奴隷ってことで」
「なっ、何考えてんだよ、お前!」
思わず後退ったヒビキに、みどりが失礼な!と頬を膨らませた。
「ひっどい、今夜もヒビキくんの為に眠れない夜を過ごす幼馴染みに向かって〜」
「あのな、お前余所様が聞いたら誤解するような言い方よせって」
悪かったよ、と半ばヤケ気味に言うヒビキに向かってにっこりと微笑み、みどりがちょいちょい、とその腕をつついた。
「最近、肩凝りが酷いのよね〜」
「鬼の力で揉んだら骨折るぞ?」
「うわ、誠意がないんだから」
「……分かったよ、向こう向け、ほら」
いったんはそっぽを向いたヒビキだったが、みどりの恨めしげな視線に負けて、不承不承カラカラと椅子の滑車を滑らせてみどりの背後に回る。
「どこが凝っていらっしゃいますか、お嬢様」
「えーと、全部!」
「そんな指定があるか! 肩とか腰とか部位で言え、部位で!」
「んー、強いて言えば心かなぁ、疲れてるのは」
「あのな……カウンセリングは専門外です、生憎と!」
ぽきぽきと指を鳴らしながらみどりの肩をゆっくり揉みほぐし始めたヒビキは、この後みどりが漏らし始めた「あ〜、そこそこ、ヒビキくん上手いね、気持ちいい〜」を初めとする数々の呟きを扉の前でうっかり聞いていた日菜佳が大幅にお約束の誤解をし、翌日勢地郎に呼び止められて「ヒビキくん、若いのはいいことだけど、ラボではちょっと……」と注意されることになる己の運命を未だ知らない。