恋人
凛とした声で告げられて、騎士は思わず顔を上げた。
「しかし、姫」
「聞こえませんでしたか、お逃げなさい、と言ったのです。この城はもう持ちません」
きっぱりと言いきられた声に、返り血で汚れきった甲冑を身に纏った騎士が、悲鳴のような声を挙げる。
「ならば、せめてあなただけでもお逃げ下さい、姫、私がお守りいたします、この命に代えても」
「ありがとう、あなたは誰よりも頼りになる騎士だったわ、ロン・ウィーズリー」
姫は栗色の豊かな髪の毛を揺らして首を振り、騎士の申し出を拒んだ。
「しかし!」
「この戦の発端は、元はと言えば隣国の王子との縁談を私が断ったこと。お父様もお母様もこの城と運命を共になさる覚悟。ならば、原因の私だけがどうしておめおめと生きながらえることができましょう」
「姫、いや、ハーマイオニー!」
そんなことを言うなと腕を掴まれ、振り解こうとする姫の華奢な体躯を、騎士は荒々しく引っ張って腕の中に抱き締めた。
「一緒に逃げよう、それができないなら、僕もここに残るよ」
「ロン、あなたなんてことを」
「君だって分かっているだろう、僕は君にだけ忠誠を誓った騎士だ、どこにも行かないさ」
言いながら跪いて腰の剣を自分に差し出してくる騎士に、姫は少しだけ瞳を潤ませながらあなたはバカよ、と呟いた。
「バカで結構。最期まで、君を守らせて欲しい、ハーマイオニー」
「ロン……」
見つめ合う二人の間に、余興の出し物の台本の読み合わせに飽いた黒髪の少年の、人が黙っていればいつまでいちゃついていれば気が済むんだ、という苛立ち紛れのツッコミが入るには、後もう少しの時間の余裕があるようであった。
***後日談
「ところで、結局余興の劇さ、台詞大幅に変えてみたんだよね」
言いながらグリフィンドール有志によって書かれた新しい脚本を渡され、ロンは絶句した。
「ちょ、ハリー!」
「なんだよ」
「これ、僕とハーマイオニーの絡みが倍になってるじゃないか!」
「ああ、うん、ほらだって」
黒髪の英雄はにっこりと人の悪い微笑みを浮かべ、ぽんと親友の肩を叩く。
「余興だし、僕達だって楽しくないとね?」
「認められるかー!」
その後、赤毛の少年の脚本書き直し要求が通ったかどうかはついぞ知らない。