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さあ、キスをおくれよ

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涙をそっと拭ってやれば、甘えるように帝人くんは俺の手に擦り寄った。吐かれた息は熱く、空気に溶けたはずなのにその重さは奥底に沈む。
 二人きりの部屋の中、こんな空気は慣れっこのはずなのに、どうしてこの口は全然思い通りに動いてくれないのだろう。彼に触れる手が少し震えているのも情けない。こんなはずじゃない。こんなの俺じゃない。こんなの、こんなのは。
「ひどいです」
 小さく呟かれた声は、どれほどの勇気を振り絞って投げられたのか、俺は知らない。
「臨也さんは、ひどい人です」
 けれども、彼は俺の手を離そうとしない。まるでしがみつくかのように、しっかりと俺を捕まえたままだ。
 いつもそうだ。
 帝人くんは俺を責める。つたない、舌足らずな口調で、淡々と俺を責める。言葉で俺を傷つけようとする。その倍の力で俺は帝人くんを傷つけるから、とっくに帝人くんは息が切れていて血だらけで(もしその傷が目に見えるものならばの話だけど)、それを見て俺はますます傷つけたくなる。以下エンドレス。
 キリがないことは、とっくの昔に気づいていた。おそらく帝人くんもそうだろう。俺たちはとことん合わないのだ。合わなくて、合わない。そんなの、知ってる。
 なのに、彼は傷をつけた張本人の手に、こんな風に口づけをして。
「ねえ、帝人くん」
「何ですか、臨也さん」
「俺と別れたい?」
 そう尋ねると、帝人くんの顔がまた歪む。
 彼は俺の手に爪を立てた。覚えのある痛みに、けれど俺はそれを顔に出さない。なんでもないように笑ってみせる。
 ああ、そしてまた彼は傷つくのか。
「本当に、ひどい人ですね」
「うん、自分でもそう思うよ。本当にひどい人間だって。一体何回君を傷つけたら、俺は自分の行いを反省するんだろうねえ。傷つけても傷つけても、まだ足りないなんて思ってしまう俺は、いっそ君の前から消えてしまった方がいいんじゃないかと、たまに、本当にたまにだけど、思ったりする時もあるんだよ」
 それでもそうしないのは。
 この子が自分のものだからと、誰にも渡したくない、この子を追いつめて閉じ込めて、そうして形成されたものがすべて俺だったらいいのにという、くだらない独占欲のせいなんだろうけれど。
 それもまた一過性のものだ。愛にも似たこの感情はきっと、そのうち風化してしまう。こんなものは愛じゃないと、俺は知っているから。
 愛じゃない。ちっとも愛なんかじゃない。愛にはほど遠いし、似ても似つかない。おかしいな、こんなはずじゃなかった。この惨めな感情は、あと何回捨てたら俺の中から消えてくれるのだろうか。
「臨也さんは、もし僕が別れたいって言ったら、別れるんですか」
「別れるよ」
「簡単に、出来るんですか」
「できるよ」
「…そうですか」
 それは、明らかに嘘だった。多分。うん、嘘だ。
 俺は帝人くんの瞼にキスをする。帝人くんはより強く爪を立てる。この傷は痕に残ったりしない。すっかり癒えて消えて、真っ白な肌を見てその時俺は初めて後悔する。
 ああ、可哀想な帝人くん。帝人くん、帝人くん。
「好きだよ」
「…なら、」
「愛してる」
「なら、もっと、キスしてください」
 口に、と零したその唇に吸い付けば、小さな声が漏れる。拾い上げれば、彼が少しだけ震えた。その温度に俺はもう一度キスを落とす。
「今だけでも、いいんです。今だけでも、僕はかまいません。貴方が僕を好きだと言ってくれる間だけでいい、その間はどうか、僕にキスしてください」
「キスだけ?」
「それ以上の贅沢は、我儘でしょう?」
 いいよ、帝人くんの我儘なら大歓迎、なんて言ったら泣くのだろうか。肩を震わせて、俺の名前を呼んで、俺に手を伸ばして、彼はとびきり綺麗な涙を零すのだろうか。
 好きだ。彼に触れている間は、その感情に自分を塗りつぶされる。吐き気すら感じながら、それに快感を覚えてしまう俺は、もうすでに壊れてしまっているのかもしれない。
「臨也さん、」
 嬉しそうに俺を呼び続ける、帝人くんと一緒に。
作品名:さあ、キスをおくれよ 作家名:椎名