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わたしのすきなひと

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好きなひと。


叶わなくても、
好きな人。





からん。
下駄が軽い音を立てる。
昨日までの雪はおさまって、今日は雲の隙間から、久しぶりに暖かい日差しが差し込んだ。それでも息は白い。
凍った石段に足を取られそうになったら、その前に身体を支えられた。
こういう変に紳士なところが、女性に受けるんだろうな。
冷静にそう思った。
戦艦の姿でも人の姿でも、長門に心酔する者は後を断たない。
周囲の噂とは裏腹に、本人は遊んでるつもりなどないのだろう。恐ろしいことに、この男は完全に無自覚なのだ。
すれ違った老夫婦が「お似合いねぇ…」なんて言葉をかける。

こころがちくりと音を立てた。
お似合いなのはそっちでしょう?
社交辞令の会釈をした。
一度だけ振りかえる。並んで歩く、その後ろ姿が羨ましかった。



外見ばかり綺麗だって。
中身がそうとは限らない。



前を向くと、想い人はただ一点を見つめていた。
そこにあるのは、その表情とは不釣り合いな屋台だった。
声をかけようとして踏みとどまった。
ああ、この顔は嫌いだ。


「長門さん、」


(ねぇ。一体いつの思い出を思い出してるんですか?)


着物の裾を引っ張った。
振り返ったその目は、まだ過去に囚われたままだ。


「いか焼き食べたいです」



本当は別にお腹が空いたわけでも、いか焼きが好きなわけでもない。
自分の知らない過去を見てる、その横顔がたまらなく嫌なのだ。


(ねえ、私を見てください)


「お前さんは、何故ワシと歩くとき財布を持ち歩かんのだ…」


そう言いながら。
それ以上何も言わなくても「いか焼き二つな」と注文してくれた。
本当は帯に小銭入れも入れてる。でも、出したことは一度もない。

我儘だと、思われても構わない。その顔は見たくない。
いか焼きを手渡された。
子供をあやすみたいなその顔が、優しくてすごく好きだ。
例え、私を通してあの人を見ていたとしても。例え、あの人とできなかった思い出の代わりでも。
今、ここにいるのは自分だ。
自分なんだ。
陸奥さんじゃない。


「ありがとうございます…」


ひとくちめ。口に入れたら、少しだけ甘かった。
ふたくちめ。心は、少し苦かった。


その思い出ぜんぶ。
私で塗り替えてくれればいいのに。




***



「で。その後どうなったんだよ!」

隣まで駆け寄ってきたその目が、なんだかきらきらしていて欝陶しい。

「知らないよ、それにあくまで噂だし」


その後どうなったも何も、本人達を見てれば分かるだろう。
海軍内でまことしやかに囁かれる噂。
けれど噂は所詮眉唾ものだ。
真実は当事者にしか分からない。


「九ちゃん、ほんと恋バナ好きだよねぇ…」

それとも、気になるから?

何も分かってない顔をするから、着物姿の二人を指差した。
途端に、さっきとは違う反応を見せるからおもしろい。
赤くなったり青くなったり、目を泳がせたりたじろいでみせたり。
本当に、分かりやすい。


「べ、べべべべべつにオレは大和なんか…!」

そして嘘が下手だ。

「だーれも大和君なんて言ってないけどねー」

ばっさりと言い渡した後の、打ちのめされた顔に。少しだけ気分が晴れた。
性格が悪いのは承知だ。今はやさぐれさせて欲しい。
いつの間にか、いか焼きは冷たくなっていた。それを無言でほおばった。


「何でそんなに機嫌悪ぃんだよ…」

覗き込まれたから、わざと大げさに目を逸らした。
後ろで「零、聞いてくれよ!」なんて喚いてるのは無視だ。
中途半端に気付くのも欝陶しいが、まるで気付かないのはもっと苛つく。
昨日のやり取りが頭をよぎった。

(絶対に、悪いのはあっちなんだから!)


朴年人!唐変木!
少しくらい感謝してたっていいじゃない。少しくらい、気遣ってくれたっていいじゃない。
いつだって振り回されてる、自分が馬鹿みたいじゃないか。
自分だけが好きみたいで、馬鹿みたいじゃないか。


今日は無線も全部切った。
ずっと回線を繋げようとするノイズが聞こえるけど、電子音なんかで終わらせる気はない。
向こうが来るまで、絶対に許してなんてやらない。



そろそろ帰るぞ。と、呼び掛ける長門の声がする。
雪がちらついてきた。
大和の風避けになるように、自然と右側に立つ長門の姿に。あれじゃあ九に勝ち目はないよな…。と正直思った。


立ち上がる、自分の影のうえに。小さな影が落ちていた。
振り替える自分の視界を覆ったのは、一枚の紙切れだ。
ミミズの這ったような汚い字で一言だけ。けれど、自分の非を認めることすら嫌がる彼にしてみれば、それは自分を歓喜させるには十分だった。
本人は、どうして自分が怒っているのかも分からないんだろう。
これだって、どうせ軽さん辺りの入れ知恵なんだ。それでもいい。
軍鳩が社のほうに飛び去る。知らずに顔が綻んだ。
結局甘いのだ、自分は隼に。


「ごめんなさい、オレちょっと用事思い出したので」


そう言うと、足早に駆け出した。
こんなことが、あと何回できるだろうか。それまでに、分かってくれたらいい。







好きなひと。




気付いてくれなくても、
好きな人。
作品名:わたしのすきなひと 作家名:呉葉