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唇より愛を込めてサンプル 1/23シティN16b

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すれ違った瞬間におやとこちらを見たのには少し驚いた。
彼が私服でいるのは単純に、街へ出るのに忍び装束というわけにはいかないからだろうが、こちらは変装の意味合いでの羽織に着流しという町人姿だ。歩き方も普段のものとは違えているし、簡単にとはいえ顔を変えてもいる。それでもいざ横を通り過ぎる時に何とはなしの違和感を感じたらしいのは、生来の敏さからだろうか。
いろいろなものに敏感であることは常にいいことであるとは言えないが、とりあえず忍びを志すのならば鈍いよりは結構だろう。自分の感覚に引っかかったものの正体を確かめるように、橋のたもとという混雑する場所にも関わらず足を止めてこちらをまっすぐ見つめてくる食満くんに正解だと目を細めてみせると、彼は嫌そうに顔を歪めることでそれに応えた。
こちらへ、と視線で大通りから折れた細い路地を示すと、少しの逡巡のあと彼は案外と聞き分けよくついてきた。通りを一本入っただけで人の通りはぽつぽつとまばらで、立ち止まることさえ許されない表の混雑が嘘のようだ。歩みを緩めてみるも横に並ぼうとはせず、かたくなに半歩遅らせて隣を歩く彼に、ちょっと振り返るようにして声をかける。
「今日は一人なのかい?」
「……悪いか?」
質問は、こちらをぎろと睨み上げながらの切り口上な質問で返された。こちらを不快にさせて興を削ごうというつもりなのか、単純にやたらと振りまく愛想を持っていないだけなのか。どちらにしろ、こうまで警戒を露にされたら逆に気をそそられてしまう。そこまでわかってやっているのだろうかと横目で眺めながら考えていると、もともと怒ったように吊り上った眉がさらにぎゅっと不快げに寄せられた。
「伊作くんとは別行動というわけだね」
「伊作? 伊作なら今日は学園長のお使いで……」
私はにやりと笑って納得したように頷いてやった。
「ああ、君にはそう言っていたのか」
「……!」
途端、悔しそうに彼は顔を歪める。私の言葉が嘘か真実かを探るように下から、まるで因縁をつけるように睨みつけてくるのを肩を竦めて怖い怖いと逃げてみせると、馬鹿にしているのかとでも言いたげな顔をしたあと開き直った様子で彼から口を開いた。
「……伊作と、待ち合わせか何かしてるのか?」
「まあ、大雑把にはね。予定の刻限に会えなければそれまでといった程度だが」
そう言って食満くんから目を離し、路地の向こうに広がる通りに視線を投げる。飯時をすこし過ぎた昼下がり。ごちゃごちゃと人の行き交う大通りにこんな場所から目をこらしたところで目当ての人間が運良く見つかるはずもないのだが、そんなことにも思い当らないのか、もしくはこんな時に限って偶然が起こり得ると思っているのか、彼はなんだか困ったような顔をして幾度も首を振り大通りを私とを見比べた。
「君もそれなりに用事があって来たんだろう。時間を取らせてすまないね、行っていいよ」
板塀にもたれたまま告げると、こちらにはさっさと帰れというようなことを口にしたくせ食満くんはなにか悩んだ様子でぐずぐずとその場を動かない。数回ためらって口を開いては閉じ、こちらが待つのに飽きるほど時間をかけてようやく言った。
「……伊作と会って何するんだ」
「随分な野暮を聞くねえ」
感心したように答えにならない答えを返すと食満くんは頬を薄赤くして一瞬悔しそうに唇を噛み、思いきり物言いたげな顔をしたあとで結局ごくりと感情ごと言葉を飲み下した。そうして、つとめて冷静な口調で再び口を開く。
「……おかしなことは、するなよ。あいつは何かと運が悪ぃんだ、あんたと関わってていいことがあると思えない」
「同い年相手に過保護なことを言うね。別に君が伊作くんを守ってやる義務も、必要もないだろう」
他に何か理由があるのかい、と尋ねると彼は苛々とした様子で視線を逸らし、今にも爪を噛みそうな仕草で唇に親指の爪を立てながら少しの間言葉を探して俯いた。二呼吸ほどの間のあと、覚悟を決めた様子で顔を上げ、悲壮を通り越して悲痛ささえ漂わせた顔で言う。
「……伊作と、何をするんだ」
「別に何も。楽しく遊ぶだけだよ」
返答はお気に召さなかったようで、また一段と彼は眉をしかめた。
「……予定の刻限に会えなければ、それまでなんだな」
こちらの言葉がどれほど真実かもわからないくせ真剣な口調で確かめられ、軽く頷く。
「そうだね、日が暮れるまで待ち続けるほど互いに暇じゃあない」
彼が言いたいことはわかっていたが、その口から言わせてみたいと思ったので、助け舟を出してはやらなかった。私はただ腕を組んで待ち続ける。
人が来たわけではないが、ちらと路地の奥に目をやってみせると彼はいっそう焦りはじめた。決心は済ませたらしく言おう言おうとしているのに、体は正直というべきか。喉につかえているのか舌に貼り付いてでもいるのか、肝心の言葉はどうにもするりと出てこないようだ。
「俺、……で……俺が、その……」
「うん、何だい?」
続きを促すと、おそらく生まれつききつく吊った目をすがめて責めるように睨まれる。それでも構わず待っていると、怒りに似た形で寄せられていた眉が困り果てたように情けなく下がった。目付きや印象ほど性格は悪くないというのは、伊作くんの評だったか。悪くないどころか、むしろ彼はかなり人がいい部類だろう。善良とまで言ってしまえば言い過ぎかもしれないが、お人よしというのは間違いがない。
せめて口調ばかりは強気を保とうと、見え透いた虚勢で彼は言う。
「……とにかく、伊作には手を出すな」
「ふうん?」
「俺が……、……代わりに、するから」
「君で代わりになるのかい?」
精神力を振り絞ったに違いない答えと、口にしながらもなお葛藤しているらしい顔の色っぽさにはそれなりに満足したものの、少しばかり苛めてみたくなって尋ねる。が、彼は案外ひるまなかった。それくらいは予想していたのかあっさりと返される。
「あんたにとっては、俺でも伊作でも同じようなもんだろ」
「……それはどうだろうねえ」
言いつつ腕を伸ばす。びくりと一瞬体を引き、何をされるのかと警戒を露に仁王立ちで立ち竦む色気のなさに苦笑するが、彼らしいと言えばらしいのかもしれない。
確かに楽しめればどちらでもいいが、どちらかと言うならば伊作くんよりは食満くんのほうにより興味がある。つまり実際はここまでの全てが思い通りということに、彼は気付いているのだろうか。傍目にどう見えるかは知らないが私は伊作くんに特別個人的な執着を抱いているわけではないのだから、彼が身を投げ出して守る必要は有り体に言えば全くない。しかしそれを教えてやる必要はそれ以上になかったし、こんなにいちいち反応のいい据え膳ならばいただきたくなるのが人情というものだ。
手のひらで視界を塞いでやると彼は小さく体を強張らせる。そうして唇を合わせると、食満くんはまるで猛獣に食いつかれたかのように大袈裟に、びくりと肩を跳ねさせた。