星の小瓶
吐き出す息は勿論白い。しかし、それを知覚する間も無く景色は様変わりして俺は昇っていく。
これはただの好奇心だ。イノセンスと言う神様からの玩具を授かった一人の男が、馬鹿なことを思いついて、たちの悪いことにそれを実行している。そういうことだ
端的に言うと俺は一人夜空の中に居る。夕食を食べ終わり何となく屋根の上に昇った。そして空に瞬く星空を見上げそれが欲しくなった…とは言わないが、まるで何かに誘われるように理由もなくそこに行きたくなったのだ。
最初は途中で風にでも煽られて途中で諦めるかと思っていたが、イノセンスの力は絶対のようで俺はまだ空の中に居る。
しかし、長いこと昇り続けたのにまだ星には手が届かない。周りで煌く光源は無く薄く拡がるものが雲なのだろうと思う程度。
ちなみに先程から呼吸が苦しくてしょうがない。理由はわからないけれど、苦しくて苦しくてしょうがない。けれどここで諦めるつもりも無かった。
星と言う存在に手を伸ばして掴み取って、それで何があるかわからない。けれど己の中に宿った好奇心だけが自分を急かす
“はやくあれを”
「ラビ!」
声がした。
少し高めの、声音。
ぐるりと周りを一度見渡して、それから下を向く。地上はいつの間にか遠く、下にも星空が広がっている状態で、それが本物のそれと同様に綺麗で思わずそう呟いた。
そんな俺の視界の端で、夜の暗闇を裂く白い影が走る。
僅かに身体に緊張を走らせ白の軌跡を辿り顎をあげると、俺のイノセンスである槌の頭部にそれは居た
真っ白な衣装に身を包んだ、そう、まるで道化のような姿のアレン・ウォーカーが
「何を、しているんですか!貴方はっ」
そして怒鳴られた。
理解に脳がたどり着けず思わず「へ?」と間抜けな声とともに首を傾げると、目の前の青年は顔を顰めて此方にぐっと顔を近づけた。
槌の頭部に器用に乗っかっていることも賞賛ものだが、その不安定なバランスの中体勢を変えることの出来ず彼はやはり賞賛ものだった。
「新手の自殺ですかっ、全く性質の悪い!」
自殺。っと頭の中で繰り返す。自殺、それは自分で自分を殺すこと。
しかし、彼の言う自殺しようとした対象はどこにある。もしかして己のことを言っているのだろうか
けれど生憎別に俺は自殺する予定も意思も覚悟も無い。首を傾げまだ口を半端に開けていると、アレンが呆れた顔をした
「一体何がしたいんです、ラビは」
先程、急に現れて此方に向けて言った言葉と同じ言葉を彼は再度口にした。
しかし問われてしまえば困ったもので、明確な答えを俺は持っていない。アレンに問われてじっくりと考える。俺は一体何をしている、何がしたい、なんのためにここに居る?
「俺は………星を、」
ゆっくりと顔を上げる。頭上に散りばめられた淡い光の粒。まるで宝石箱をひっくり返したように、無数に光るそれらは奇麗な光を放っていた。
「星が、欲しかったんさ」
違う、と思う。しかし口から出た言葉はそれだった。
「それなら、あそこに行かずともありますよ」
「へ?」
「だから、帰りましょう。ラビ」
そう言って槌の上に居るアレンが笑った。
きょとんとしてしまったが、数秒間をおいて釣られるように俺もヘラリと笑って頷いた。
下に戻った途端アレンに引っ叩かれた。どうやら随分心配したようだ(俺に心配された実感はあまり無いが)
目を瞬かせる俺をそのまま引っ張ってアレンの部屋にたどり着いた。そして、彼の言う“星”を渡された。
手の中には小さな小瓶。中には色様々の星。否、砂糖の塊だ。
「星が欲しくなったら僕にいつでも言ってください。あんな危ないことせずとも僕がラビに星をあげますから」
そう言って彼は眠たそうに欠伸をひとつ。そのまま部屋の中からニッコリと笑って「おやすみなさい」との言葉とともにバタンと扉が閉まった。
廊下に放置された俺の手の中には、星の入った小瓶がひとつ。それを握ったまま自室へ向かい歩いていく、途中で小瓶の蓋を開けて中から一粒星をつまみ出してポイっと口の中に放ってみた。
味らしい味は無く、舌の上で転がすとちくちくと痛かったので歯を立てて噛み砕く。
ガリっと音を立てて砕けた小さなピンク色をしていた星。
もの凄く甘かった。