魔法の指
そう言った青年はテキストとノートが開かれた机の上を行き交うペンの行方をぼんやりと眺めている。
夕暮れ時、ガラリと静寂とほんの少しの肌寒さを感じさせる冷えた空気が無言で居住しているとある学校の一画を担う教室。
西日の射しこむ窓際に構えられた机を二つ分ひっ付けた小さな島のような場で、向かいあう二人の青年達が居た。
下校時間を大分過ぎ去り、時計の文字盤がオレンジ色になった今では教室に残っているモノ好きな生徒はこの二人だけであり、学校全体もどこか雪夜のように生物が存在しないような静かさに包まれている。
原因は酷く簡単なもので、彼らの学校は月曜から定期試験が始まるのだ。それに伴い各部活動が活動を休止させたのが一週間前の月曜日。ちなみに本日は金曜日であり、すでに試験まで残りの日数は少ないものとなっていた。
「真面目にする気が無いのなら帰らせてもらうのだよ」
「あぁっ、うそうそ!あ、いや嘘じゃないんだけど大真面目だって!」
向かい合い座っていた二人のうちの眼鏡をかけていた青年が眉間にしわを寄せて、不機嫌そうにぼやきながら席を立つような素振りを見せた。すると、向かい合わせで座っていたもう一人の男子生徒が慌てて立ち上がり彼の両肩に手を置いて半ば強制的に椅子の上に留まる事を強制し慌てた笑みを浮かべ笑ってみせた。
「全く、オマエが勉強を教えろと言うからこうして付きやっているという自覚が無いのか」
「スミマセン」
橙色に染まった教室に、静かに軽い謝罪の言葉が落ちて沁みていく。
そのあまりの浮つき具合に眼鏡の青年は更に額に青筋を浮かべ、眼鏡のレンズ越しに鋭い睨みを目の前の相手に向ける。それは宛ら武士の一閃のような鋭利さで彼へ突きつけられた。
「けど俺さ、本当に真ちゃんの指好きなんだよね」
眼鏡の奥に潜む鋭い眼がその言葉に僅かにぶれた。
彼のペンを握る手を殺気とも言える眼差しを一身に浴びながら微動だにしなかった青年が触れて、いつの間にかテーピングでゴツゴツとした指は不敵な笑みを携えた高尾和成の指に絡めとられていた。
そのことに不愉快そうに眼鏡をかけた青年が顔をしかめるが、そんなことなど露にも気にする素振りを見せず高尾は笑って絡み取った指を弄りながら「魔法の指だ」と言った。
「魔法?」
「そ、真ちゃんのバスケは魔法みたいじゃん?」
そう言って高尾は無邪気な笑みを零して繋いだ手を目線の位置に持ってくるように持ち上げる。机に肘を立て、椅子から身を乗り出し二人の距離をグンと縮めた彼は自身の指が捉えている緑間の指先に唇を寄せて「俺はいつだって真ちゃんの魔法に魅入らせられてるんだよ」と、言葉を歌うように紡ぎテーピングに固められた指先にそっと口づけを落として行った。