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ギザギザ爪の憂鬱

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 ベッドに帰るとフランスが身体を起して待ち構えていた。彼の居座っているベッドのシーツに先程までの行為の残滓は見当たらない。皺くちゃだったシーツが清潔なシーツへと様変わりしているのは、恐らく彼が自分がシャワーを浴びている間に換えたのだろう。
 フランスの座るベッドを視界の端で捉えたままベッド脇に置かれた水差しからグラスへ透明の水を注ぎ込み、それを摂取する。シャワーの後だからか、それとも事後だからか、火照った体の中を傲慢にも大きな存在感を持ちながら水は身体の管を下ってどこかへと落ちていく。
 異様な感覚を自身の内に感じながら、濡れた唇をペロリとひと舐めし、空になったグラスを元の場所へと戻しベッドに腰掛ける。欠伸を零しながら寝に入る準備をしようとした俺にフランスが呼びかけた。

「爪、出して」

 そう言ったフランスに無言で疑問符を投げかける。彼は自分の言わんとした事がわかったようで、直ぐに「切ってあげる」と言葉を紡ぎ、その手に持った爪きりを持ち上げて見せた。
 断る理由もなく、早く寝たかった俺は言われるがままに目の前の男に手を差し出すと、フランスは緩やかな手つきで俺の手を持ち上げて、愛しむようにそこへ視線を落とすと爪切りを持ち構えた。
 ぱちん、ぱちん、と自分の指先が丁寧に整えられていく様をぼんやりと眺める。伸ばしたままだった爪がフランスの手によって短く切り整えられていく。
 しかし、何故彼は急に爪を切ってやるなどと言い出したのだろうか。もしかしたら先程の獣のように交わり、時折虚構の甘みを添えて飾るような愛を貪った時に彼の背中に爪を立ててしまったのかもしれない。自分がシャワーを浴びている間にその傷に気づき次はこうならないようにと俺の爪を切っているのだろうか。
 ここで、不意に自嘲気味に笑みを零す。
 今自分が思った"次"とはなんのことだろうか。このような不毛でおぞましい関係は持続するものなのか。一夜の過ちとしてこれまでのように、終わる事の無い生の記憶の中に埋没するだけのものではないのだろうか。
 ありもしない答えを見つけ出そうと躍起になりながら考え込んでいると、不意にフランスが爪を切る事をやめ、じっと指先に視線を落とした。

「この指だけ爪がボロボロ。なんでかわかるか?」

 そう言ったフランスが右手の親指をそっと撫でていく。彼の言うとおり、そこにある爪はボロボロだった。
 俺は彼の問いかけに対する答えを持っていた。
 しかし、俺が応えずともフランスはその答えを知っている。ならばわざわざ眠気と戦っている俺が口を開くまでも無いだろう。

「イギリス、最近よく爪を噛んでる」

 持ち上がる右手。その右手の一部である指の先にある爪。先程までは、長く伸び人の肌など容易に裂けれそうだった爪は今ではどれも短く整えられている。彼が指摘した親指の爪以外は。
 最近無意識に己の歯で刻んでしまっているその爪は、不恰好な形をして凹凸の弧を描いていた。

「イギリスが爪を噛むのは何故だか――俺はその理由を知っているよ」

 フランスは酷く優しげにそう言葉を紡いだ。
 そのの言葉が、頭の奥にある鍵を抉じ開けて、ずっしりとした鈍い痛みが頭角を現し脳髄を喰らっていく。
 俺はフランスの、その先の言葉を聞きたくなかった。だったら耳を塞げば良いし、フランスを殴って言葉を奪っても良かった。
 しかし、俺は動けず目の前でフランスが俺の指先へ接吻を落とす様を無機物のように静かに動かず、ただただ眺めて亀よりも遅く瞬いて世界を眺めていた。

「もうすぐ、アメリカの独立記念日だ」

 フランスは、なんて事の無いようにそう言った。
 途端に忘れたと思っていた胸の奥で淀みが渦巻き始める。血管に熱湯が行き交うかのように、内臓を酸が無様にも食い荒らし、全身が呼吸の仕方を忘れ、眼球の奥深くがツンっと痛んだ。
 込み上げてくる吐き気。眩暈。哀愁。悲憤。嗚咽。これを忘れるために、そのためだけに目の前の男に縋りついたというのに。この男は何もかも知って知らないふりをして俺を抱き、そして暴き出す。汚い、酷い、最低な男だ。

「お前が爪を噛むのも、食事をしては直ぐ戻してやつれてるのも、全て忘れようと俺とセックスするのも」

 汚濁に塗れて、歪みきった言葉が次々と肌を伝って自身の中に滑り込んでくる。自分と言う存在を脅かす暗澹の塊だ。俺はそれらを静かに受け入れる。まるで、滑稽な自身を貶めてくれるそれらの言葉を待って居たかのように。

「全部、全部アメリカの、あの日からの逃避だって。俺は知ってる」

 なんて残忍な男だろうか。フランスは優しさを片手にそんな事を言う。俺を光の指さないどん底まで突き落として、それからそっと優しさの滲む片手で引き上げてくれる、フランスはそんな男だった。

「知ってる、けど俺はお前を抱くよ。どんなにお前が痛く乱暴に抱いて欲しいと願っても、俺はとびっきり優しく抱いてあげる」

 絹のように滑らかで、陽だまりのように暖かなフランスの声音は世界のどんな鋭利な刃物よりも切れ味が鋭く、俺の心を刻んでいく。
 真っ赤な血が溢れ出すのさえも構わずにフランスは血や傷ごと抱きしめて、俺と一緒に真っ赤になっていく。元から彼も赤黒く染まっていたのだけれども。

「だから、どうしようもなくなったら俺のところにおいで」

 男の手は冷たい、男の腕は優しい、男の言葉のどこに心があるのか俺は未だ見つけられずに彼の体温に包まれたままもがいて足掻いている。
 
「寂しくなったら俺を探せ。いつだってお前の隣に俺は居るんだからな」

 フランスの言葉は正しかった。それだけは事実だった。彼は常に俺の隣に居た。それが良いのか悪いのか解らないけれど。しかし、いつだって彼だけは俺の視界のどこかに映っているのだ。とても、鬱陶しく嬉しい事に。




作品名:ギザギザ爪の憂鬱 作家名:さゆ