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十寒一温【仮】

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屋上には二人の男子生徒が居た。
一人は壁に凭れ掛かり、一人はその男の前に佇んでいる。ある種、見慣れた光景ではある。普段ならば気を失った男とその意識を奪った男という構図だ。
だが、今日は違う。
片や―臨也は壁に凭れ静かに寝息を立てて眠っている―ということと、片や―傍に佇む静雄は拳を振るったわけではなく、ただ臨也を見下ろしている―ということだった。周囲に人が居たらきっと信じられない光景だと目を疑っただろう。

静雄はここのところ寝不足だった。それもこれも連日に及ぶ臨也とのイタチごっこのせいだった。いくら桁外れの身体能力を持っていたとしても毎日寝不足になるほど街中を走り回ればさすがに睡魔には勝てない。
今日は冬だと言うのに珍しく暖かかった。
暖かいといえど、冬場の屋上など誰も来ないだろうと休息の場を求めて足を向けた。少しでも寝不足が解消されればそれでいいと、屋上まで来たところで、当の寝不足の原因を見つけたのだった。静かに寝息を立て寝入る姿を見て、ピリ、とこめかみに血管が浮き上がったのが感覚で分かる。
だが、それと同時に見たことのない臨也の姿に驚いてもいた。人前で隙を見せるのを嫌いそうなこいつがと思うと、単純に興味が湧いて、屈みこみ、顔を覗き込んだ。
黙っていればやはり妙に整った顔立ちをしている。街を歩けば数メートル毎に女性に声を掛けられる幽に見慣れている静雄でさえそう思っていた。
まあ、今も余計な言葉を話す口がなければの話だが。…行動も。
しかし、この距離でこんなに無防備な臨也と対面することが今まであっただろうか。
臨也は気配に鈍い訳ではない。静雄の姿を見つければなるべく距離を取りたがる。近づく時は臨也自身がナイフを手にしている時だけだ。
―なのに、今日はここまで近づいても起きる気配はない。静雄は密かに舌打ちした。
言葉を紡ぐこともない、睨め付けるような眼差しもない。いつもは臨也が何かする度にイラつきさえするのに、何もせずにただじっとしているのを見るのもなんだか癪に障るのだ。
「おい、ノミ蟲…」
静雄が手を伸ばした時、臨也に触れるよりも少しだけ早く、北風が屋上を撫でていった。
冷えた空気に身震いをして、臨也の瞼がピクリと震えた。
徐ろに双眸が開かれ、赤い瞳が覗く。視線は静雄を捉えてはいるが、意識がまだはっきりとしていないのだろう。
薄く開かれた唇から、シズちゃん…?と確かめるように名前を呼ばれて、静雄の肌が、心が、ざわついた。

静雄が言葉を発することも忘れるほどに、内に湧き上がる感情に追いつけないでいる頃、覚醒した臨也の瞳に次第に光が戻り始めていた。
「…何、見てんの」
起き抜けの掠れた声で、威嚇する。
「手前こそ、何見てやがる」
目を覚ましたら目の前に静雄が居て、何をするでもなく寝顔を見られていたというのに。そんな訳の分からないこの状況下で、余りにも理不尽なことを言われては言葉も出ない。結果、臨也は脱力した。
「…見たくなかったらサングラスでも掛ければ?」
馬鹿らしくて戦意も起きない。
正面には静雄、背後には壁。逃げるにしても不利なこの状況では逆撫でするのは避けたかったが、それでも苛立ちを隠し切れずに毒吐いて顔を逸らす。
すると、顎を掴んで強引に振り向かされた。壁に押し付けられて強か後頭部を打った。
「痛ッ…、ちょっと、本当に何なんだよ」
「目ぇ逸らしてんじゃねえ」
「は…?さっき何見てんだって言わなかった?」
「うるせぇ、黙れ」
顎を押さえられたまま視線が絡みあい、空いた方の手を顔の傍について逃すまいとする。
これではまるでキスを迫られているみたいだ。
「…シズちゃん、本当に何、してんの」
吐息が掛かるほどの距離で、互いの匂いが鼻先を掠める。
「何してんだろうな…」
禅問答のような答えは低く語尾も掠れていて。
臨也はやはり、理不尽だと思った。





名を呼ばれて新羅は振り返った。
確か、門田と言ったか。臨也と何度か一緒に居る姿を見かけた事がある。
「折原見なかったか?」
「4限辺りから見てないよ。静雄君も寝るって言ったまま戻って来ないし、もしかしたらどこかでデートでもしてるのかもしれないね」
いい天気だし、と視線を外へやる。
「気持ち悪い例えをするな」
あの二人が仲睦まじくデートしている姿なんて想像だけでもゾッとする。新羅につられて空を見上げると確かに、暖かい陽が射している。
顔を合わせれば喧嘩ばかりしているあの二人は常に対極にある事が多い。だが、どうしてか、時折同じ行動を取ることもあった。
狭い校内ならば、どこかで鉢合わせることも有り得ることなのだ。
「青天の霹靂でも起きそうだよね」
「…不吉なことも言うな」
こんな天気の日ぐらい平和であってほしい。
門田は肩を竦め、臨也に渡すつもりだった日誌を手に教室に戻る。
青天の霹靂でもいい。もし二人が一緒に居るのだとしたらたわいもない会話のやりとりでもしていてくれと願うのだった。
作品名:十寒一温【仮】 作家名:ユズ