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冬空

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「……寒い」
季節は冬、睨み付けた天からは細かく白いもがちらちら視界を掠める。雪まで降ってきたことを認識したら、さらに身体が重くなった。
冬なのだから寒いものは寒い。そして、しばらく篭もりっきりだったものをふと外に出る気になったのも自分の気まぐれで、さらにこの道を行かなければ屋根の下には戻れない。
解りきった事実に文句を付ける心はなかったので、何も言わずに黙って歩いているつもりだった。
だから、先程の一言は本当に意識外に零れた何かだ。実際寒いのだし、低い外気温に愚痴を付けたところでどうにもならないことも承知している。
それでも隣のかれにとっては重大事だったらしい。もとより先程からちらちらとこちらを伺って、気配がちょっと浮き足立っている。こちらを気にしているのは丸解りだけれど、何かを言うのも億劫だと思っていたのに。不用意だった。
さきほどの、件の一言は彼に充分な契機を与えてしまったようだった。彼は器用に抱えた荷物を片手へ寄せ、自分が巻いていたマフラーを取ると荷物で手が塞がる僕へとぐるぐる巻きつけた。
「ちょ、……何するんだ!」
「だって風邪ひくよ。ほら、さっき寒いって」
避けようにも首元をマフラーで固められて、さらにそれを持つ彼からは距離を取るのも難しい。せめて荷物があと少し小さければ良かったのに、偶にだからと……意固地で彼より多い袋を抱えてしまったからか。だから多分、さっきからこちらを気にしていたのは、荷物の加減もあるんだろうけど。
ちなみに僕は元からマフラーを巻いている。寒中に外へ出るのだからと完璧に外套は彼が見繕っていた。だから、まあそこまで寒いわけではないのだけど、……顔や手などの末端はどうしたってじわじわ冷える。雪が舞い始めるような気温だから、鼻頭なんてどうしたて赤くなる。
それを気にしたんだろうか、二重巻きになったマフラーは顔の一段高いところを覆っていた。口元は完全に隠れ、鼻頭を毛糸の細かな繊維が擽るくらいくらいには。
くすぐったくて、思わず眉を顰めると彼は指で僕に巻いたマフラーをくいくい押し下げる。小さなくしゃみを飲み込んで、それから僕は彼に寒くないのかと一応聞く。
というか、寒さに強いというのは聞いたことがない。……むしろ。
「大丈……、っくしゅ!」
にこにこ笑った顔のまま、言葉半ばに彼は小さなくしゃみをした。見れば、ひらりと舞う雪が外套の襟の隙間から彼の首筋へと紛れ込む。あれはたぶんけっこう冷たい。
だから、僕はぐるぐる巻きになったマフラーの下で、それでも彼に聞こえるように、盛大に溜息を吐いてやった。
作品名:冬空 作家名:ゆきおみ