二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

偶に親に我侭を言ったら案外聞き入れてもらえる。

INDEX|1ページ/1ページ|

 
俺がその神社を訪れたのは日本という国に来て2年目のことだった。

古くて色も剥げている赤いトリイ。親切なおばさんが先日真ん中は避けて通るもんだと教えてくれた。神様の通り道だから、と。決まりに弱い民族柄、律儀に端を通り小さい境内に入る。誰もいない。平日だから当然か。神主がそこに住んでいる様子もなく、ただ祠がちょん、と置いてあるだけだった。

「きたねーな・・・」
「汚いとは、失敬ですね」

文字通り跳ね上がった。誰もいないと信じていたに近い境内に人がいた。いつのまに。背後を振り返ると小柄な青年のような少年のような童顔の人物が着物姿で結構すぐ後ろに立っている。
彼はからんころんとさっきまで絶対に鳴っていない筈の音を鳴らしながら近寄ってくる。言葉の割りに険しい顔はしていなくて、なぜか少しだけ目を見開いた。

「おや。・・・何をしてるんです、こんなところで」
「んー・・・参拝」
「まあ、そうですよね。・・・どうしてこちらに?」
「さあ?俺記憶喪失で自分のこと名前くらいしかわかんねえからあちこちフラフラしてんだ」
「・・・まあ、珍しい」

ふふ、と隣に立った彼が悲しげに笑う。くるり、境内に向かうように向きを変えた彼がぽつりと話をする。

「この神社、なんという神様を奉っているかご存知ですか?」
「・・・知らねえ」
「イザナギとイザナミですよ。この2人が何の神様かは?」
「・・・・ごめん」
「この国にいる多くの神々を生み出し、またこの国を造った人達と言われています」
「なあ・・その、お前は?誰なんだよ」
「私ですか?」

きょとん、と幼い顔で聞き返される。うーん、と少し考えてホンダキクと申します、と名乗った。その顔はやはり悲しげである。

「名前だけじゃなくて・・素性とか」
「そうですねえ・・・公務員、ですかね」
「公務員が昼間から何してんだよ」
「有給です。両親に会いに来たんですよ」
「へえ。この近くなのか?」
「ええ。ごくごく近くです」

含みを持たせて笑う。問いただすように首を傾げて見せたらまたふふ、と笑って、神社の拝殿を手の平で示した。

「あの人たちが私の両親なんです。多分」

駄目だこいつ電波だとあっさり踵を返すにはあまりにも穏やかで、すんなりとああそうなのかと受け止めてしまった。確かに普通の人間じゃない気がする。

「・・・・会ったことあんのか?」
「ああ・・さすがにないですねえ。いっつも遠いところから見守られてます」
「まさかずっと、一人?」
「・・・恋人が、いたんですよ。綺麗で可愛くてかっこいい恋人」

そういいながら浮かべた彼の笑みはそれはそれは悲しげで、けれども愛おしいものを想うようで。少しだけ泣きそうに見えた。ゆっくり瞬きをして、うつむく。目が離せなくてじ、と見ていたら俯いたままの彼がそろりと手を伸ばして、失礼しますと呟いた。彼の白い手はそのまま俺の手を掴んで、彼の両手に挟まれ、すりすりと摩られる。なぜだろう。心がざわつく。

「ねえ」

またぽつり。小さな声なのに彼の声はどうしてこんなに俺の耳に響くのか。

「私のお願い、1つだけ聞いてもらえますか?」
「?おう。あ、でも変なことだったらヤダぜ」

ふふ、どうでしょう、笑って。彼は手は握ったままで、こつんと表情の見えない漆黒の頭を俺の胸に預けた。

「・・・・1度だけ、抱き締めてもいいですか・・?ギルベルト君」

俯いている所為で分からなかった。けれど多分、涙声だったと思う。呼ばれた名前は名乗っていないのに正確に俺の名前で。色々なことを疑問に思う前に、条件反射みたく、俺の体は勝手に動いて目の前の一回り小柄な男に抱きついていた。驚いたように強張った相手はそれでも数瞬後には俺の背に腕を回す。

「ようやく、見つけた。菊」

気付けばどういうわけかそんなことを口走っていた。抱きついた彼がえ、と怪訝そうな声を出したのがわかる。
この瞬間に耳の奥でぷつん、と音がして、風船に穴が開くように様々なものが噴出した。
幼い頃住んでいた修道院、傭兵として使われた時期、公国の成立、フリッツ親父、そして、可愛い弟。

・・・。

ああ、こいつは。


「・・・泣くなよ、ばーか」
「・・・・私だって、涙腺はついてるんです。偶には使ったっていいでしょう?」
「大体何を泣くことがあんだよ」
「もう貴方なんか知りません。20年も行方不明だなんて」
「悪かったって。なんも覚えてなかったんだからしょうがねえだろ」

20年前、あのでけえ壁が崩れて、それから俺は記憶を失った。なんかショック性のものなんだろうな、きっと。気付いたら東ベルリンの古い小屋ん中にいて、それから20年、老けない体を持て余しつつもあちこち巡った。

珍しくもまだ俺の腕で嗚咽も漏らさずに泣く恋人の頭を撫でる。普段はもっとかっこよくて、余裕で、オタクで、美丈夫のじいさんなんだけどな。
ん?フィルター?かかってねえよ、見たまんまだろうが。
ここに来てようやく菊が泣き止んで顔を上げた。目元を真っ赤に腫らして、ずび、と鼻水啜りながらもその顔はドヤ顔だ。何故。

「ねえギルベルト君」
「おう」
「私、今日ここに来るの丁度百日目なんです」
「・・?」
「ふふ、百日参り。神社やお寺に百日続けて通って祈れば、願いが叶うというものなんです。すごいでしょう?」
「ん?んん、まあ、すげえけど・・」
「毎日通って、『父上母上、私の恋人を返してください』って。百日」
「・・・まじで?」
「まじです。ルートヴィヒさんがつい先日、20年見つからなかったから、と諦めてしまってからです」
「・・・じゃあちゃんと菊のゴリョウシンに挨拶しねえとな!」
「ええ。『ふつつか者ですが、よろしくお願いします』ってちゃんと言うんですよ」
「?なんだそれ」
「嫁入りの挨拶です」

鼻水垂らしながら嬉しそうに笑った菊がちゅ、と俺の頬に口づけた。



それから、菊んちに2、3日泊まって。
休暇をものすごい勢いで上司から奪いとった50年ぶりの弟が来日して。1発殴られて、『無事でよかった』としこたま泣かれて。
ドイツに強制送還され、検査入院だなんだとまた半年ほど会えない日が続いた為か。
久々に会った菊が『2人で記憶喪失のフリして逃げますか?』と聞いてきたのに俺は少なからず魅力を感じたのは別の話。