閉鎖世界のお話
『あなたは今幸せですか?』
例えばそう訊ねられたとする。だが今であっても昔であっても問いは自分にとって意味のないように思える。いや違う、その前にその意味が分からないのだ。自分は幸せというのが分からない知らない、意味も価値観も存在も分からないのだ。だからどうしようもない、知らない事は知る事でしか解決しないのだから。ただ自分は癒やしは求めていたように思える、分からない幸せよりも何よりも癒やしが欲しかったのだと思う。自分を生ぬるく包んでくれる寄り処が欲しいときっとどこかで願っていたのだ
(くだらない事、なんだろうな)
傍に引き寄せた温もりにするりと腕を回す。余りが存分に残ったサイズの合っていないシャツから伝わる体温は暖かい。新しくサイズの合った服を新調してやろうとも思うのにそれをしない、思うだけで敢えて行動に起こさないのは柄にもなくお揃いというのが悲しかったりこの愛らしさが消えてしまうのが名残惜しかったりするからだろうか。ああ俺も墜ちたものだ
「…何笑ってるんだよ?僕笑われるような事何にもしてないんだけど」
「いや何にもないよ。ただの思い出し笑いさ」
「ふーん…何かちょっと気持ち悪いな。知ってる?思い出し笑いする人は変態な
んだって」
「変態か、手厳しいねぇ…」
会話を交わす空間の流れは酷く穏やかだった。首元で静止していた自分の手をぎゅっと握り締めてくれる少年は毒を吐きながらも優しい。純粋な赤い色合いの髪とともにその体重を胸板に預けてくれる。それに応えるかのように、まだ成長過程にあるだろう肩幅に顔を埋めるとくすぐったそうに身を動かした
ふと手を握りしめる細い手首に浮かぶ赤紫が垣間見える。それは逃げないようにと一度少年を鎖で繋いだ事のある証だった。喜多の巫女の少女を繋いでいる首の鎖と同じ。結局少女も少年も自分から逃げはしなかった、繋いでいてもいなくてもあまり変わりはないと分かった。ただ意味のない事ではなかった。こうして浮かぶ赤紫は自分と少年が一つに混ざった色であったから、眺めるのは中々楽しかったのだ。徐々に色を戻していく肌に勿体無いと感じてしまう程度には―
「なぁ、銀河美少年」
そう呼ぶと少年は小さく肩を跳ねさせた。反応を示した後伺った表情は不服そうに眉間に眉が寄せられている、最初会った時に比べてなんて大きな進歩だろう。
じゃなくてタクト、もう一度名前を言い直すとその表情はほんのり和らいだ気が
した
「俺の事、好きか?」
「うん、好きだよ」
「本当に?」
「本当に好き……もうしつこいよ」
念を押して繰り返し耳元で呟く姿が面白かったのか少年がクスクスと笑う。好き好きだから。自分が確かな言葉を欲しがっているのを理解して彼は何度もそんな言葉を与えてくれる。確かな証拠を意識に刻んでくれる
「そうか」
10には1を、100には10を。与えられる言葉に返す言葉は少ない。逆に自分が少年に与えられるものは無いに等しいのだ。それでも彼は逃げないでいてくれて一方的に与えてくれる。それが自分は酷く心地良い― 回していた力を強めて更に腕の中へと閉じ込める。やっぱり彼は一切抵抗せずに受け入れてくれた
未だ分からないでいたこれが"幸せ"というものなんだろうか。自分は癒やしを求めていた。この気持ちが幸せであるなら今の時点で少年は自分の癒やしで幸せだという事になる。どちらにしろやっと世界に閉じ込めた安らぎを簡単に手放す気などはそうそうない