祈り
アローエンジェルが、いつの間にかそばに来ていた。
眠っているみんなを起こさないよう、少し離れたところに座っていたんだけど。
「目が覚めたの?」
「はいですの」
頷いた彼女の瞳は、僕の手元に注がれている。
「それは、何ですの?」
僕が手に持っているのは、火の灯った、ろうそくだった。
旅のさなかだからたいしたことはできないけれど、それでも、できるだけ美しく飾ってある。
僕は、灯を消さないように気をつけながら、エンジェルの質問に、答えた。
「祈ってるんだ」
「祈ってる?ろうそくに、ですの?」
「うん」
……本当は、ちょっと違う。
ろうそくに灯った、明かりに、祈っているんだ。
今は、真夜中。
星も月も見えない異界の闇の中で、小さな炎だけが、ぼんやり僕とエンジェルの顔を照らしている。
「何か、おまじないですの?」
エンジェルの顔は、興味しんしん!って感じだったけれど。
「……ただの、思いつきだよ」
僕は、エンジェルに、苦笑いしてみせた。
案の定、彼女の、がっかりした顔。
「そうなんですの……おまじないだったら、教えてもらおうと思いましたのに」
「ごめんね」
「そんな、神帝ピーターさんが謝ることじゃありませんの!それに……とっても神帝ピーターさんらしい、思いつきですのね」
「そうかな」
「そうですの」
その時、ゆらり、と、ろうそくの火が揺れた。
僕とエンジェルは、慌てて火を囲った。
一瞬、消えかけた炎が、また勢いを取り戻して、燃え始めた。
「よかったですの」
エンジェルが、呟く。
僕とエンジェルは、顔を見合わせて、微笑んだ。
「……ねえねえ、神帝ピーターさんは、何をお祈りしているんですの?」
小さな炎を見つめながら、エンジェルが聞いた。
「何って……」
上手く言い表わせずに、口籠る。
「何か、お願いごとが、ありますの?それとも、早く次界に辿り着けますように、とか、皆が無事でありますように、とか、そういうことなんですの?」
「……うーん、まあ、そういうこと」
僕は、うまく説明できなくて、あいまいに笑った。
本当は、ちょっと違う。
あてなく続く旅と降りかかる苦難は、心も体も、疲れさせる。
みにくい戦いに、どうしようもなく気持ちをささくれさせてしまうことも、時には、ある。
心が、澱む。暗く、重く。
そんなある時、たまたま、ろうそくに火を着けることがあった。その明かりは、かぼそいけれど暖かくて美しくて、僕の心にも明かりを灯してくれたみたいだった。
そして、僕は、気が付いたんだ。
このろうそくの灯のように小さくてもいい、どんな時にも心に暖かい美しさを灯し続けることは、どても大事なことなんじゃないか、ってね。
それからの僕は、心が沈むと、ろうそくを出来るだけきれいに飾り付けて、火を灯すようになった。
まず僕が、この美しさを、何があっても忘れないように。
それから、みんなはもちろん、この世界のあらゆる生き物の胸に、いつかこんな美しさが灯るよう、祈って……。
そう、悪魔さえも含めた、全ての生き物達の胸に。
そんなこととは知らないエンジェルが、
「じゃあ、私もお祈りしますのー」
と、言って、手を組んだ。
「みんなが無事に次界に辿り着けますように……ヤマト神帝さんが怪我なんかしませんように……あ!アリババ神帝さんは無茶ばかりしますの、よ~くお祈りしとかなきゃいけませんの……それから、早く次界に着いて、ヤマト神帝さんと仲好く暮らせますように……」
彼女の真剣な表情に、僕は、思わず微笑んでしまった。
そうだね、君のともしびは、ヤマトだよね。
「……縁結びのおまじないを見つけたら、アローエンジェルに、きっと教えるからね」
そう言うと、エンジェルは、
「きゃーのきゃーの、きっとですのよ!」
と、極上の笑顔を僕に見せてくれた。