プレゼント
今更ながら、不便だと思う。
アサシンブレードの為物心付いた時には既に切り落とされていた薬指には何の未練も無いが、流石に左腕一本無くなると普段の生活にもかなりの支障が出てくる。
そもそも奴が俺の忠告を聞いていれば失うことも無かった腕だ。
命があるだけマシだなんて切り落とされたあの腕をすっぱり諦めろと言う方が無理だろう。
片腕を失ったことで否応無くアサシンを引退した代わりに、アル・ムアリム様から片腕だけでも支障の無いエルサレムの管区長という役職を賜った。
部下に指示を出すこと以外では地図を書くこと、そしてそれに様々な情報を書き込むことが主な仕事だ。
元々街をふらりと散歩することが好きだった俺には合っていると思うし、何より右腕だけで黙々と作業をしていると片腕が無い事を忘れられる。
だが、そんなささやかな俺の時間すら奴はぶち壊していくのだ。
「マリク、匿ってくれ」
赤いシミの散った白のローブを翻し、奴が風と共に駆け込んでくる。
また"衆人環視の中"で"華麗な暗殺術"を披露してきたのだろう。
遠く聞こえる街の音がやけに騒々しい。
何が師範だ。この目立ちたがりが!
「毎度毎度本っ当にお前は!大胆な行動はするなと言っただろう!このっ……ぉ、うおっ」
風が書いていた地図をさらう。慌てて左手で押えようとするも、そこはもう何も無い。
服の袖だけが虚しく空振りして、途中だった地図ははらりとカウンターの向こうに落ちた。
「……」
アルタイルが無言でそれを拾う。
「……悪いな」
奴の表情は変わらないように見えるが、なんとなく気まずい雰囲気が流れる。
随分と図太い男だが、多少なりとも責任を感じてはいるのだろうか。
「……もう、行く。安全と平和を」
「ああ、安全と平和を」
畜生、考えてみれば俺が謝る必要なんて無かったじゃねえか。
既に消えた後ろ姿に向かって舌打ちをして作業を再開する。
……そういやあいつ、返り血浴びたまま出て行ったよな。
案の定、奴は1時間もしないうちに戻って来た。
今度は前面にべっとりと、更に返り血を浴びて。
「マリク、また匿ってくれ。何故かまたバレた」
「この馬鹿タイルが……血の付いたローブも着換えずに出て行きやがって。さっさと着換えろ」
「すまない。……あと、土産だ」
ゴトン、とカウンターに投げられた青銅。
何の模様があるわけでも無いただ四角い塊に何の真似だと問う。
「……ん」
「はぁ?なんだ聞こえないぞ、アルタイル」
「文鎮」
今はもう殆どアルタイル専用になっている昔の俺のローブに袖を通しながら、ぼそりと呟く。
……文鎮?こんな何の飾りも無いただの長方体が。
どうせ買うならもっと小洒落た物もあっただろうが。
全く本当に暗殺の腕以外は何から何まで本当に鈍い男だ。
「……貰っておく」
けどな……畜生、こんなことで絆されてたまるか。
無理矢理眉間に力を入れると、深く被ったフードから覗く古傷の付いた口元が少しだけ緩むのが見えた。