僕の中の君が言う愛の言葉
非日常に憧れていた帝人だが、自分自身が非日常になる気はなかった。
以前、臨也が言ったように非日常に馴染みすぎればそれはただの日常だ。
距離感というのは大事だ。
内に響く声は一つのことを繰り返す。禍々しいのに愛らしい。
そして、帝人は気付く。
あぁ、自分は彼女こそを愛しているのだ、と。
その結論に口を挟む人間はいない。誰も帝人の心の中を覗くことなどできない。
唯一すべてを見つめる情報屋は彼女にとって『愛すべき人間』ではないので数えない。
今の帝人の中にあるのは池袋最強と言われる一人の男への愛。
子供の、いや孫の雪辱戦。母である彼女の望み。愛の再戦。
「帝人君はさ、どうしたいの?」
「平和島静雄を愛したい」
臨也に背後から抱きしめられながら帝人は何度目かの言葉を吐き出した。
「君の意思じゃないよね。それ」
「そうですね。彼女の想いです。彼女の願いです」
一拍おいて笑う。
「彼女の望みが僕の願いです」
臨也の腕の力が増す。切なげなため息も知ったことではない。
以前感じていた淡い想いなど、いま彼女に対して抱く激情に比べれば子供の遊びだ。錯覚だ。
「罪歌の望みを叶えるというわりに、帝人君は無闇に人を襲わないね。どうしてかな?」
「静雄さんを愛してからでいいって、ことにしたんです」
「妖刀に言葉なんて通じるの?」
分かりきった問いに答えるのは少しばかり自分を腕の中に閉じこめる彼に同情しているのだろうかと帝人は考える。
必死な折原臨也なんて馬鹿馬鹿しいものがまさか自分が原因で存在するだなんて帝人はまだ信じられない。
いや、信じられることなどすでにこの胸の中で木霊する愛以外にないのだ。
気付けば意識は己の内に向く。
臨也がそれを察したように「帝人君」と耳元で囁く。
ため息混じりに「彼女は」と帝人は口にする。
「一途なんです。ただ愛して、愛して、愛しぬきたい。強い人間としてとりあえず平和島静雄さん、から、愛します。・・・・・・あぁ、臨也さんは安心してください。愛した方が便利かと思ったんですけれど、彼女が嫌がってて。本当は僕にも触れて欲しくないらしいです。今も、いつもより声が遠くて」
帝人の言葉に「へぇ」と感心したような臨也。
腕の力が少し増す。閉じ込めるように。
「帝人君、君は、罪歌を使ってるの? 使われているの?」
「どちらも同じことでしょう。これは僕の愛と彼女の愛との戦いでもあります」
臨也は帝人を抱いていた手をゆるめる。
かわいた声音で「不毛だね」と言った。
振り向き帝人は瞳を赤く光らせて「いいじゃないですか」と笑う。
背中に張り付いていた臨也を振り払うように距離を取れば控えめだった内側から声が「愛している」と帝人の中で響く。
人間への深く歪んだ愛。間違った一途さが愛しい。
「君は園原杏里を殺したソレが憎くないの?」
「何を言っているんですか? 彼女はずっと、今だって変わらず、声が小さくても途切れずにずっと。僕への愛を囁いています。罪歌は所有者を愛しません。でも、彼女は僕を愛している。愛されたんです。・・・・・・もちろん、僕の方が彼女を愛していますけれど」
臨也の顔は見たことのないほど、痛みに濡れた。
笑う帝人の瞳は赤い。赤くて痛い。悲しいほどに。
「帝人君は・・・・・・帝人君にしかなれないね」
「・・・・・・いまさら、後悔だなんて馬鹿らしい。取り返しなど、つく気でいましたか?」
作品名:僕の中の君が言う愛の言葉 作家名:浬@