罪を歌いあげる人・月
それは後悔の話。
折原臨也は好きに生きてきた。
自分が自分の人生を好き勝手に生きて何が悪いというのだ。
誰かの損得も自分の愉悦であるなら構う必要などない。
何を犠牲にしたところで気になどならない。
それは臨也に捧げられた犠牲ではなく彼らが自分で差し出しているものだ。
現実という名の自分自身に。
「君は好きで化け物なんだろ」
理解できない思いのままに臨也は少女へ投げつける。
血にまみれた彼女は赤い瞳を殺意で濁らせ、落ちてしまった眼鏡を拾う。
「あなたが全て、手引きしていたんですか」
「そうだって言ったら?」
「死んでもらいます」
「支配じゃないんだ。おぉ、こわっ」
刃が臨也に向けられる前に何かを察知したように虚空を仰ぎ、尋常ならざる速度で少女は走り去る。
何があったのだろうか。
どうでもいいと臨也はその時思った。
あるいはこの時、少女を追いかけていたのなら懺悔の機会ぐらい与えられたかも知れない。
何もかもを失った少年が何を選択するのか考えて笑えた臨也には心に慈しみなど存在しなかった。
(愛していた。愛している。……どうして分からなかったんだ)
後悔は先にできない。
何もかもが遅すぎた。
手遅れのままに臨也は瞳を赤く輝かせる少年を見る。
彼はすべての愛を受け入れた。
正常そのままに微笑みながら愛の言葉を口にする。
たった一人に、あるいは一つに捧げられる至上の愛。
脳細胞が焼き切れるような苛立ちに気付く。
臨也は少年を愛していた。
深く強く重く激しく。
少年にまつわるもの全てを粉々に打ち砕くほどに、愛していた。
その愛は少年が内包する刀と同じぐらい身勝手で破壊的。
「あなたはそこで生きあがくのがお似合いですよ」
凍える声を裏切るように一瞬だけ滲む少年の面影。
狂えない少年は正気のままに平然と愛を受け入れ、愛を振りかざす。
「さよなら、折原臨也。僕はあなたを愛しません」
その言葉を嘘に出来ない自分に臨也は絶望した。
真実も虚構もどんな言葉も今は意味がない。
手遅れなのだ。
この感情を恋と知るには遅すぎた。
「僕が愛するのは後にも先にも彼女だけ」
少年の号泣を感じながら臨也はただ立ちすくむ。
それは後悔の話。
誰しも罪を懐き、懺悔の機会をうかがい、贖罪の道を探す。
無為なのだ。
取り返しなど付くはずがない。
少女は失われ、少年は変質し、青年は瓦解した。
何もかもが戻るはずのない罪に濡れている。
守るということ、愛情の形、エゴとエゴの潰しあい。
最後には何も残らない。
作品名:罪を歌いあげる人・月 作家名:浬@