お前の背中は
海堂が伝票を持って立ち上がる。
「ありがとうございます」
小笠原が礼を述べると海堂は口の端を上げた。
「いいって。それより、涼成の面倒を頼む」
だらしなく寝そべっている和泉を振り返って、小笠原はため息をついた。
(ラストオーダーのときに、これ以上飲まないほうがいいと忠告したというのに、つまらない意地を張って「俺はまだ飲めるんらー」と焼酎などを頼むから、こういうことになるんですよ……)
言いたいことは山ほどあったが、ひとまず「起きてください」と呼びかけた。
「海堂さんは先に入り口に行きました。我々もそろそろ引き上げなくては店の方に迷惑になります」
「えー、超動きたくねぇー」
いい歳した大人が、駄々をこねる姿は滑稽でしかない。
「主任……」
呆れる小笠原を見上げる。
「おい、ジュンサー。お前の広い背中は何のためにあるんだ」
この人は突然何を言い出すのだ、と絶句して、数秒後に和泉の言わんとするところを理解し、更に呆れた。
「自分の背中は誰かを運ぶために広くなったわけではないのですが」
「あーそーかよ! じゃー、このままここでごろごろし続けてやる!」
「……落ちないように、ちゃんとつかまってくださいね。あと、靴はご自分で履いてください」
じたばたと動かしていた手足がぴたりと止まり、和泉の顔に笑みが広がる。なぜか、その笑顔に動揺して、靴を取りに行くのを装って顔を背ける。
靴を履かせて、背負うときに耳元で「ん」と鼻を抜ける声を出されて、小笠原の心拍数は更に早まる。
(こんなことで動悸を感じるとは……飲みすぎたのかもしれない)
深呼吸をして思考を背中の後ろの人物から、入り口で待っている人間に切り替えて、立ち上がった。