閉じた世界より
「021と022が機能を止めた」
「・・・」
「あの地区の魔素供給体も死んだ。しばらく荒れるぞ、あの辺りは」
しんとした重い沈黙の中政宗は気にせず資料をぱらりと捲る。
第一次ゲシュタルト計画が始まってから約1300年。
完全とは言えないが新たな魔素供給体が見つかっているので、慌てることはない。
この地区に大した被害はないだろう。
021と022、つまり、幸村と佐助が担当していた地区の魔素供給体が不安定になった為にあの地区は崩壊体が溢れていた訳だが、この辺りは比較的に穏やかでゲシュタルト体とレプリカントの共存が上手く行っている。
崩壊体の数はゲシュタルト体全体の10%もない。
しかし白の書と黒の書が滅んだからにはまた新たな書が作られるのを待つしかなのだ。
100年。
それまでここの不完全な魔素供給体が保つかは定かではなかった。
「政宗様」
「なんだ?」
重苦しい雰囲気を纏って声を放ったのは固体コード015、名称小十郎。
固体コード016、政宗の対であるアンドロイドだ。
厳めしい顔つきの男の言いたいことはわからないはずがない。
二人は対だった。
監視者はふたりでひとつだった。
「魔素供給体を殺したのはレプリカントです」
「ああ」
「このままレプリカントを放置しては」
「監視が俺達が人間に与えられた使命だ」
「政宗様」
「俺達はレプリカントの人生を人間の意に沿うように操作するだけだ」
「・・・」
「それだけだ」
ゲシュタルト体、つまり肉体から解放された魂の新たなる器。それがレプリカントだ。
レプリカントには宿るべき魂がある。
だからレプリカントには精神が必要ない。魔法による疑似人格が食事、睡眠、排泄等の必要最低限のみのをこなすだけの肉体だ。
そのレプリカントたちが、いつからか自我を持つようになった。
元来の魂の精神、人格から逸脱し、環境、状況に合わせて変化する。
それはまるで、進化だ。
心を、感情を、自意識を持つ。
イレギュラーだった。
「レプリカントたちには魂がない」
「はい。あれらはただの器です」
「そう、ゲシュタルト化した人間の還るべき場所だ。けど見てみろ小十郎」
言われ、政宗の視線を追う。
窓の外に広がる町並み。
賑わい活気のある商店街。子供たちの笑い声。噴水の傍で笑う恋人たち。
「まるで、人間みたいじゃねぇか」
政宗と小十郎はアンドロイドだ。
造られた存在。
この狭い世界で、唯一人間を知る存在だ。
「笑って、泣いて、愛して、死ぬ。ちっとも人形らしくねぇ」
くつりと笑う政宗の横顔は穏やかに優しい。
政宗からは人間の匂いがした。
小十郎はそう思うことがある。
だがそれを口にしたことはない。
「ですが、所詮はレプリカントです」
「堅ぇなあお前は」
柔らかに苦笑する政宗は酷く表情豊かだ。
「小十郎、お前、レプリカントたちが嫌いか?」
「監視対象に好きも嫌いもありません」
「嘘だな。嫌いだろ」
政宗は小十郎に詰め寄る。
頭ひとつ分高い小十郎は政宗を見下ろした。
政宗の隻眼は、水面のように揺れる、錯覚。
「政宗様はお好きですか?」
思わず出た言葉に政宗は一瞬沈黙し、それから微笑み頷く。
「羨ましい。レプリカント達には心がある。俺達は機械だ。アンドロイドだ。俺達には魂がない」
「・・・」
「時々考える。俺達が人間だったら、どんな風なんだろうってな」
この閉じた世界は狂っている。
人の魂が肉体から離れ、新たな器は生き死にを繰り返す。
終わりの見えない。
回帰の兆しは潰えたばかり。
この狂った世界では、人も人形も機械も、大差ないように思えた。
小十郎は政宗の手を取る。
人肌のぬくもりは仮初めだ。
それでもかわまず、小十郎は政宗の指先に口づけた。
資料の束が舞う。乾燥した羊皮紙がかさりと音を立てて床に落ちた。
「人間であろうと、今と変わりません。小十郎は最期まで政宗様のお傍に」
「馬鹿だな、また俺に縛られる気か?」
「縛られる、などと。小十郎は政宗様の対です。たとえ政宗様が嫌がろうとも、小十郎は政宗様の傍以外に向かう気はありません」
暖かい、胸の辺りが苦しい。
金属とケーブルとチューブで造られた身体が軋む。
「俺は、人間のように、お前と笑って、泣いて、愛して、死にてぇな・・・」
「政宗様・・・」
この胸を掻きむしるような痛みは、喪失を覚える恐怖は、孤独を満たしたい願望はどこから来るのだろう。
無二唯一の対へのこの想いは、刻み込まれたプログラムなのか、生まれ落ちたなのか感情なのか。
政宗も小十郎も、未だわからないままなのだった。