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Loveable Doll

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ぽーん、ぽーん。そんな効果音が聞こえてきそうな調子で、臨也は公園のベンチで拾った人形を投げて遊んでいた。

 これを見つけたのは偶然だった。ちょっと手を出した連中に追い回され、だが臨也は余裕で逃げ回ったが、その道中、道端に置いてあった。おそらく、道の真ん中に落ちていたのを見つけた主が気を利かせたのだろう。そしてその人形は状態が良かった。服はそこそこ綺麗で、淡いピンクのサテン地の、レースをあしらったドレスを着ていた。人工の茶色の瞳は虚ろに輝き、合成繊維の金色の髪はちゃんと手入れされているが、桃色の肌は少し汚れている。

「こんな人形が、いまだに愛されているなんてねぇ」

成人の男が、人形を持っている。それだけで世間には滑稽に映るだろう。しかしそれ以上に、臨也は奇怪な行動を示して見せた。

 そして何を思ったのか、臨也は人形の目に指を押し入れた。嵌め込まれただけの目玉はころりと飴玉のように押し出され、臨也の手のひらを転がった。次いで細く小さな指をマッチ棒のように折り曲げ、硬い真っ直ぐな足を脛あたりで二分割し、足首も股関節も負荷をかけて壊した。肩も、肘も手首もほかの節々もすべて砕き、最後に首をぐるりと反対に回した。

 臨也は“人形を成さなくなった”人形を掲げた。歪な笑みを浮かべ、ゆらゆらと振ってみる。表面の化学繊維の被膜のような皮膚でつながっているだけの脚が、腕が、振り子のように揺れた。

「臨也」

声をかけられ、首をそちらへ回すと、静雄が立っていた。いつもなら自販機の一つでも抱えながら叫んでくるはずなのに、居や実際ごみ箱を投げようと準備していたようだが今回は違った。ごみ箱は彼の横に安置され、自身はポケットに手を突っ込み、目を見開いて、臨也を凝視していた。

「やぁ、シズちゃん」
「…何やってんだ、お前」
「何って、人形で遊んでいたんだよ」
「そんな遊び方があるか」

静雄は常識を逸脱した臨也の一連の行為を見ていた。とても正気の沙汰とは思えず、声をかけるのがためらわれたが、この男ならやりかねないという考えが少しだけあった。

「人形の遊び方にルールなんてないだろう?展示して愛でるもよし。ままごとに出演させるもよし。友達のように一緒に出掛けるもよし、話しかけるもよし、振り回すもよし、怒りをぶつけるもよし恨みをぶつけるもよし刺してもよし捨ててもよし。つまり壊して遊んでもいいわけだ」

「それにさぁ。これ、シズちゃんと同じ色をしていたから余計壊したくなったんだよ」

臨也は手のひらに転がる双眸を静雄に見せた。人間の目を模した飴玉のようなプラスチックの球体は、ただ静雄を反射した。

 吐き気も何もないが、得体の知れない不快さを感じ、静雄は臨也の手を叩いた。球体は砂の上に落ちた。臨也は一瞬驚いた表情を見せたが、それはすぐに消え去り、暗い笑みが張り付いた。
臨也は人形を横に置いた。それはちょうど、静雄との間に置かれたようにも見えた。

「この無言のしもべはいったいどうして、こんなにもたくさんの人間に愛されるんだろうね」
「知るか」

愛されるよう作られたから。それ以外に何の理由があろうか。そう静雄は思ったが、臨也の鬱陶しい思考回路を考えると、きっとこんな答えを言ったところで無駄なことが目に見えていた。

「何も話さない、何も言わない、何も映さない。こんなつまらない贋作をなぜ人間は作り出したんだろう!」

臨也の声はだんだんと大きくなっていった。

「こんな贋作を愛する必要なんてどこにあると思う?俺はもっとその愛情を捧げてあげるべきものがあると思うんだけど」

その言葉には、肯定できる面、否定できる面が存在していた。幼い子供がものに対しての愛着を知るすべという点では否定するし、家族を捨ててまでのめり込むような人を見れば肯定したくもなる。

―――「お前は人形になりたいのか?」

思ったことがそのまま口に出た。
 臨也は一瞬目を見開き、やがて苛立たしげに言った。

「まさか!こんな使い捨ての無機物、死んでもごめんだね」

臨也は人形を摘みあげて立ち上がると、公衆トイレの前に捨てた。

「ここなら処分されるよね」

立ち去ろうとする臨也の腕を静雄は掴んだ。

「何?」

臨也は掴まれた腕と静雄の顔を、不快な表情をして交互に見た。

「あー…ごみは持って帰れ」
「は?嫌だね」

ばっと腕を振って静雄の手を振りほどき、臨也は再度背を向けて少し早足に歩き出した。
 その背に向かって、静雄は言った。

「愛なんて求めるもんじゃねーだろ」

臨也は足を止めた。そして短く息を吐くと上を向いて肩をすくめた。

「……その科白、シズちゃんに言われると何か癪に触るなぁ」

くるりと踵を返し、静雄へと近づいた。そしてそのまま、静雄の真正面まで歩いた。下を向いているため臨也の表情は見えなかった。静雄は鼻先にある黒髪を見て、思わず身構えた。

「知れず愛されてるやつに俺の気持ちなんてわからないだろう」
「は……ッ!」

その呟きが聞こえたと同時に腹部に鋭い痛みを感じ、静雄は臨也を突き飛ばした。見れば、ベストに真新しい亀裂が入っていた。次いで臨也を見ると、切っ先に少量の血が付着したナイフをひらひらと振っていた。

「じゃあね、シズちゃん」

そういう臨也の顔は、いつもの顔に戻っていた。それにどことない安堵を感じると同時に、沸々といつもの怒りが込み上げてきた。

「っざやああぁぁぁっ!!」

静雄は放置していたごみ箱をばっと掴むと、そのまま臨也に向けて投げつけた。ごみ箱はそのまま公園を囲む木にぶつかり、臨也は早い脚で公園を駆け抜け、角を曲がりそのまま姿を消した。
静雄は怒りを収めるために深呼吸した。そしてふと、臨也の放置していった人形を視界に入れた。

「……」

正直気持ち悪くて触りたくなかったが、このまま放置しておいても見つけた人の迷惑を考え、仕方なく静雄は人形を木にぶつけたごみ箱の中に放り込んでおいた。

 落とした人形の眼球だけは、どうしても触れなかった。
作品名:Loveable Doll 作家名:獅子エリ