ひとりのために
死んだ世界戦線のメンバーの本部とも言える校長室に入るためには合言葉が必要になる。
「神も仏も」
「天使もなし」
「オッケー」
今開けるから少し待っててくれよな、という日向の声をどこか遠くで聞きながら野田は愛用のハルバードの手入れをしていた。日々の鍛練もそうだがハルバードの手入れも欠かせない。これは必要なことだった。全てはひとりのために。
「お、ゆりっぺも一緒だったのか」
「日向くん、カーテン閉めてくれない?」
「ん?リョーカイ」
姿は見えないけれど聞こえた彼女のその愛称に身体が反応してしまい、思わず手が止まった。ゆっくり振り返ると、今まで部屋にいなかった死んだ世界戦線のリーダーであるゆりがそこに立っていて野田は心臓がどくんと大きく跳ね上がるのを感じた。何度も会っているのに会うたび心臓が五月蠅くなるのだ。
「皆揃ってるわね」
そんなことを知らないであろうゆりは部屋を見渡してメンバーが揃っていることを確認すると部屋の奥にあるいつもの席へと移動する。野田はその姿を自然と目で追っていた。
「集まってもらったのは他でもない次の作戦についてよ」
ゆりは席に着くなり手元のスイッチで部屋の電気を落とし、スクリーンのスイッチを入れた。部屋に備え付けられたスクリーンに皆の視線が注がれ、起動したスクリーンに浮かび上がるのは死んだ世界戦線のトレードマークSSS。ゆりは机に開かれたパソコンのキーボードをぽんと叩いた。
「今回はトルネード作戦を実行しようと思う」
凛とした声で告げられたそれ。作戦トルネード、別名食券巻き上げ作戦。
「岩沢さん、いつものよろしくね」
「りょーかい」
食券を手に入れるために繰り広げられるそれは一見平和的だが、その裏で繰り広げられる天使との攻防は想像以上に凄まじい。陽動部隊であるGirls Dead Monster、通称ガルデモの力強い演奏とボーカルでNPCを引き付けて食券を集めることも大事だが、ゲリラライブを阻止しようと現れる天使を食い止めるための時間稼ぎに努力は惜しまない。ゆりはテキパキとSSSのメンバーに指示を出していく。
「野田くんは通路Cをよろしく」
名を呼ばれ待機位置を告げられるとまた心臓がどくんと跳ねる。しかしそれは先程のものとは違った。指示を出すゆりのしゃんと伸びた背筋、凜と響く声。リーダーの威厳を感じさせるその姿に、彼女のために一肌脱ごう、頑張ろうと野田は思うのだ。脈打つ心臓は落ち着きを取り戻し、野田に心地良い安らぎにも似たものを与えた。自然とハルバードを握る手に力が入った。このドキドキは、言うならば高揚感だ。野田は大きく頷いた。
「了解だッ!」
彼女のために何かしたい。その純粋で一途な思いが野田をつき動かすのだ。