悪い大人
階段を昇って、二階の突き当たり。
もうとっくに覚えてしまった、シズちゃんの部屋。
「ふふっ…」
驚かせてやろうとインターフォンを鳴らさずにドアに手をかける。
安っぽいアパートの古めかしいドア。主のバカ力で握りつぶされたらしく、ドアノブだけは真新しい。あれ、鍵がかかってる。シズちゃんったら開け忘れたのか。相変わらず、変な所が忘れっぽいんだから。まぁ、俺を前にしては鍵なんてあってもなくても、そんなに変わらないんだけど、ね?
うん、開いた。
「たっだいまー!」
「……は?」
ポカン、とした顔に出迎えられる事になって俺はたまらずに笑い出してしまう。部屋着でTVを見てたみたい。もー、俺が来るって分かってるんだからさぁ、もうちょっと出迎える体制整えておいてくれてもいいんじゃないの?まぁでも、そんなシズちゃんも好き、なんて惚れた弱みなのかもしれないけどさ!お互い様だよね、なんたって俺たち両想いなんだし。ああ、もうその不思議そうな顔たまんない。抱きついてもいいかな、いいよね?
「ふふっ…何その顔!シズちゃんマヌケー!!」
「って、め…!臨也!なに企んでやがるっ?!」
「へ?シズちゃん、なに言ってんの?」
珍しく。
そう、本当に珍しくシズちゃんの殺気を感じた俺は抱きついたまま、その顔を見上げる事になった。これは本当に怒ってる。怒ってるけど、頬が赤い?
「シズちゃん…?」
「訳わかんねーよ。いきなり人の部屋入ってきて、だ…抱きついてきたり…。てか、いい加減離れろ!」
ここでようやく、俺は気付いた。
いつものバーテン服じゃないし、風呂あがりで髪も濡れてるからだと思ってたけど…なんか、このシズちゃん小さくない?いつもは抱きついてもよろけもしないシズちゃんだけど、今は俺が体重をかけると傾きかけてる。まるで、高校の頃のシズちゃんみたいだ…。
「シズちゃん、いま幾つ?」
「はぁ?なに…言って、ちょ…押すな」
石鹸の匂い、好きだなぁ。
シズちゃんから香るそれは、いつだっていい匂いだ。それを言うと、いつもシズちゃんはお前の方がいい匂いだとかサラっと言ってくれちゃうけど。俺は俺で、シズちゃんの匂いが一番好きなんだから仕方ない。無意識に擦り寄れば、シズちゃんは赤くなって俺の事を押しのけようとしている。なんだろ、可愛い。
動揺するシズちゃんを床に押し倒して、ポカンとする顔にキスを落とす。
「いざ…お前、なに考えて…」
「んー?」
答える気にもならなくて、一番いい香りがする首筋に顔を埋めた。
そのまま舌でなぞれば、普段はくすぐったいから止めろと引き剥がされるはずなのに、シズちゃんの身体がビクンと跳ね上がる。
(…やっぱ弱いんだ、首)
クスクスと笑えば、それすらシズちゃんにはくすぐったいらしい。
「シズちゃん、かわいー。ね、いま幾つ?」
耳を甘く噛みながらもう一度聞いてみる。
ああ、もうこのシズちゃん反応がいちいち可愛いんだけど!
「っ…、十八」
「そっかぁ、じゃあキリもいいし卒業しよっか」
いやぁ、俺ずっと前から気になってたんだよねぇ。
女の子との噂一つなかったシズちゃんが、俺と付き合う事になった時、なーんであんなに自然に押し倒してくれたか。もしかしたら元々男好きなんじゃないかって疑うくらいに手馴れてたあれは、今思えばこういう事だったのかもしれないね。
「はっ…なに、?」
クチュクチュと音を立てて耳を嬲っただけで、シズちゃんはトロンとしてる。なに、こんなチョロくていいのシズちゃん。簡単に食べられちゃうよ?スエットの中に手を忍ばせれば、はっとした様子で抵抗されかけるけど、それより俺の手がシズちゃん自身を握りしめてしまう方が早かった。
「っ、ん…やめ、臨…!!」
いやいや、ほんっと可愛らしい。
悪い大人になったみたいだ。あ、別に"みたい"じゃなかったか。
「童貞、もういらないでしょ?」
「…は、?」
「いただきます」
両手を合わせる代わりに、シズちゃんの唇に噛み付いて。
久しぶりに主導権を握れる夜をくれた神様に、こっそりと感謝する。
まぁそんなモノ、元々信じてはいないのだけれど。
悪い大人/end