軋み(クリア後)
時折地中海からの強風が吹き荒れ、男の纏う白衣の裾をたなびかせるが、
男は気にする訳でもなく、手を組み祈るかのように頭を垂れる。
暫くし、男は空を見上げふるりと首を振り、その場を去った。
無造作に並ぶ物言わぬ墓標は立ち去る男をただ静かに見ていた。
教団支部に現れた幼馴染みを視認し、マリクはアルタイルに声を
かけた。あそこに行っていたのか?と。
「・・・」こくり、と僅かに返されたアルタイルの様子にマリクの心
に穏やかならぬ波が押し寄せ、乱す。
アルタイルから感じられる空気の違和感ー歯車のかみ合わぬ壊れた
アサシンブレードのような、がマリクの優れた感応を刺激するのだ。
手に持っていた己の私物を床に置き、マリクはアルタイルの目をじっと
見据えた。
後任の者に引き継ぎも済ませた。少しアルタイルの負担でも軽くしてみよう。
ちょっと来い、とマリクは幼馴染みを隣室の水場の側に促し、
座らせた。マリク自身もアルタイルの隣にどっかと座り、
そっと話しかける。
「・・・・・・心の整理はついたか?」
ピク、と身体を竦ませアルタイルはマリクを見、マリクはそんな
アルタイルの目を覗き込む。
彼の瞳は一見すれば翡翠の様に堅く、凪など無い静かな海のようだ。
だが、その奥に潜む苦悩が見て取れ、マリクはそっと彼の背を撫でた。
優しい右手の動きから、過ぎ去りし幼い思い出が蘇ったか、アルタイルの
翡翠の海がゆら、と揺れたのをマリクは見逃さなかった。
「マシャフに帰りたいか?」
石のように動きの止まるアルタイルを見て、マリクは友の背をぽんぽん、と
あやすように優しく叩く。
「そうか」
寄る辺のない彼を見いだし、師として時には父として教えてくれたアル・ムアリム
の変容にアサシンとしては納得してはいても、‘アルタイル’には出来かねたか。
喪失と憎しみと自問自答とで、苦悩の中にいるアルタイルを見て、
少し強引だがクッションの海に二人で埋もれてみようとマリクは強行してみた。
「?」
少々びっくり眼なアルタイルに
「こうして居るのも久しぶりだ。・・・ほら」
見てみろ、とマリクは右手で空を指しアルタイルの左手をそっと握り込んだ。
エルサレムのどこまでも抜けるような空が、格子天井から見え、アルタイルの
心から鬱屈としたものが吹き飛ぶかのようだ。
「昔を思い出すだろう」
ちっちゃい時はよく三人で、戦闘訓練という名の戦いごっこしたなぁ、それで
力尽きた時は川の字で寝っ転がって話ししたなー、と取り留めのない過去話し
に、初めは苦笑いで聞いていたアルタイルも、やがて静かな眠りに誘われて・・・。
「よし」
うん、マリクは会心の笑みを漏らし、アルタイルの着衣を寛げ、現れた寝顔に
そっと語りかけた。
「お前はよくやったよ、アルタイル。後は俺たちに任せて、お前は少し休め・・・」
任務の間に生じたアル・ムアリムへの不審とアサシンであれ、という思いの板挟みで
苦しんだであろう、穏やかな眠りに包まれるアルタイルの頭を撫でる。
「あの時言った言葉に嘘はない。これからもよろしくな、兄弟」
ふとこみ上げる思いにマリクはスン、と鼻をすすった。
それから数日後。
マシャフにある共同墓地にささやかな花を手向ける二人の影を、空を舞う鷲だけが見ていた。