夜は寒いから
そして夜になると、涸れた荒野はひどく冷え込む。
「――ぶへっくしょ!……あー……」
盛大にくしゃみをしたアコーズは、震えながら毛布の中でもぞもぞと身じろぎをした。
今夜は一段と冷える。肺を患っているアコーズにとって、この寒さは少々こたえた。背中の奥が刺すように痛む。
「……寒いのか?」
背後から、キャシャーンの心配そうな声がした。
「今、薪を足すから」
「ああ、悪いな――――いや、待て」
焚き火に木片をくべようとするキャシャーンを肩越しに見て、アコーズはそれを制止した。
薪を足しても、あまり効果はないように思えた。いくら炎を大きくしようと熱は上空へと流れるばかりで、あたりを支配する冷気を和らげてはくれないだろう。かといって、まさか毛布の中で火を焚くわけにもいくまい。
他に何か暖を取れそうなものはなかっただろうかと考えて、アコーズはある方法に思い至った。ほんの数日前までは使えなかった手である。
「火はそのままでいい。それより、ちょっとこっちに来てくれ」
手招きしてそう言うと、キャシャーンが目の前に来た。
「ここへ寝ろ」
シーツ代わりに敷いていた布を軽く叩いて示し、端に寄ってスペースをあけてやる。ギリギリだが、二人ならなんとか寝られないこともない。
「? どうして……」
「いいから。ほら、寝ろ」
キャシャーンは訝しみながらもそこへ横たわった。何も言わないものの、その顔にはありありと疑問の色が浮かんでいる。
細い身体に毛布を掛けてやり、そのままアコーズはキャシャーンを抱き寄せた。
「……!?」
腕の中で、キャシャーンがぎしりと音のしそうなほど身体を強張らせるのが分かった。驚きと怯えとが混ざった顔がアコーズを見つめている。もとより大きな目が見開かれてさらに大きくみえた。わずかに開かれた唇は、乾ききった荒野を歩いてきたにもかかわらず艶やかだった。
暫くの後、アコーズがそれ以上特に何をするわけでもないということが分かると、安心したのかキャシャーンは緊張を解いたようだった。
その身を包む白いボディスーツは先刻触れた時こそひやりとしたが、今は指先を通して、その下の体温と脈動とが伝わってくる。
「あったかいな、お前は」
そう呟くと、キャシャーンは目を閉じて、気のせいか微かに笑ったように見えた。
「アコーズも、温かい」
おう、生きてるからな――そう言おうとしたが、ようやく訪れた眠気には抗えず、黙ってアコーズも瞼を下ろした。
二人分の体温を含んだ毛布の中は、春の陽気の如く心地良かった。