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いつか未来で side侑斗

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いつだって、その笑顔だ。
優しくて、あたたかくて、ふわりと甘い砂糖菓子のような笑顔。
みんなにそれを向ける、わけ隔てのない人。

たとえ、相手が見も知らぬ他人だったとしても。

そんなことを考えて、ばからしい、と自分で自分に毒づいた。
俺には関係がない。
あの人が誰に笑いかけようが、俺をどんな風に思おうが、関係がないだろう。

あの人にとって、俺はただの通りすがりの男だ。
なんだかよくわからないけれど、うちの弟ともしかしたら友達なのかも、そんな印象しかない。
その印象すら、またすぐに消えてしまうんだ。
それが、俺の望みなんだ。

だから、俺には関係がない。
もうあの店には行かないし、きっと二度と会うこともないだろう。

あんな顔で、あんな。

「お名前は?」と笑って訊ねてきた人。
俺の存在すら、もう彼女の記憶の片隅にもない。

なのに、どうして。

どうして、希望を持たせるようなことを言うんだ。

「姉さんは、絶対侑斗のことを思い出すよ」
「今じゃないけど、いつか必ず」
「僕はあきらめない」

やめてくれ。
もう放っておいてくれ。
これ以上、こんな気持ちを自覚させないでくれ。

誰に忘れられてもかまわないと思っていたのに、俺は俺の信念に従って戦い続けるだけだと、そう決めたのに。
誰に忘れられるよりも、あの人によそゆきの笑顔を向けられるのが辛いなんて。

野上のやつに連れられてとはいえ、もう二度と行かないと決めていたはずのあの店に、こんなにも早く行くことになるなんてな。

自嘲のつもりでゼロノスの天井に向かって呟いてみたのに、出た声はいつもの自分のものとは思えないほど弱弱しくて、また笑った。
俺らしくもない。
頭のうしろで組んだ腕を枕代わりにして、いつもどおりにただ身体を癒すため、眠ればいい。
いつ、またイマジンが現れるかもわからないのだ。
休めるときは休んでおかなければ。

電王。野上のやつだけじゃだめだ。
あいつは何もわかっていない。
わざわざわからせてやるつもりもない。
戦う敵は同じだから、協力してやってもいいとは思っているが、あんな甘えた考えのやつと、俺は違う。

別に野上が嫌いなわけじゃないし、電王が別のやつだったらいいとも思っていない、今は。
野上は悪いやつじゃない、どちらかというといいやつだ。
だからってもちろん好きなわけでもないが。

ただ、無性に苛立つことがあるだけだ。

あいつの言葉はいつも真っ直ぐで、あいつは本気だ。
それが時折、俺の神経を逆撫でする。
あんなにぼけっとしているのに、たまに妙に鋭いときもあるから、うまくかわせなくなって動揺する。
それがとても悔しい。
あんなやつに、ペースを乱されるなんて。

お人よしで、理想論ばかり口にして、それがどんなに残酷なことかわかっていないんだ。

「必ず思い出す、だって……!」

ほら、今も。
あいつの言葉に心を乱されている。
ありえない。
ありえない、甘い期待が棘となって、胸を突き刺す。
こんな痛みは、誰にも吐き出せないのに。
デネブにだって、八つ当たりするのさえはばかられるというのに。

あの人。あの店。
野上の実の姉で、喫茶店を経営している。
星が大好きで、店には古い天体望遠鏡が飾ってある。
本当に飾ってあるだけで、どうも使っている様子はほとんどない。

なんだよ。あの天体望遠鏡、俺の宝物だったのに、オブジェ代わりに使いやがって。

そう思いつつも、大事に手入れされているのを見て、ほんの少しだけ心が……いや、なんでもない。

あれは俺のものじゃない。
未来の桜井侑斗が、あの人の婚約者が残した思い出の品だ。
もう、その桜井侑斗のことなんて、ちっともあの人は覚えていないけれど。

どんな風に、あの人と桜井侑斗は語り合ったのだろう。
二人で星を見上げたりしたのだろうか。
あの人の淹れるコーヒー、俺のこの舌にはまったく合わなかったけれど、桜井侑斗はおいしいと言ったのだろうか。
それを聞いて、あの人は嬉しそうに笑ったのだろうか。
今の俺に向ける愛想じゃなくて、内輪へ向ける親しい笑みを。

でも、あのときは俺にだって笑ってくれたんじゃないか。

あの人が、なんでか意地になって俺のためのブレンドを考えてくれて、さらに謎なことに思いついたのがソフトクリームの形をしたカップに淹れることで、あまりの下らなさに我慢できずに噴出したら、やっぱり変よねと言って笑ってくれたんじゃないか。

楽しかった。
ばかばかしいけど、楽しかった。
今はもうその記憶だって、あの人は失くしてしまった。

だから、おかしなことなんだ。
今日、さっき、俺が見た光景は。

店の扉を少しだけ開けて、こっそりと、気がつかれないようにあの人を探す。
いつもの常連に囲まれて、あの人は、まだ俺のためのブレンド・レシピを抱えて一生懸命なにやら考えていた。

まさか、と鼓動が早まった。
その一方で、もしかしたら、とも思ってしまった。
ばからしい。
ばからしい。

当たり前のように、あの人は俺のことなんて覚えていない。
レシピのことすら覚えていない。
書いた記憶がないと言っていた。
そうだ。
もちろん、そうだ。

だけど、完成させるつもりだと言っていた。
完成させて、いつか俺に飲んでもらうつもりだと。
俺のことなんか、忘れたくせに。
俺がどこの誰かも知らないくせに。
俺のことなんか。

やっぱり変ですよね、と笑うあの人。
腹が立つけど、やっぱりきれいに見えて、俺の目はどうなってるんだと、俺の頭はおかしくなったのかと。
あの人の恋人だった桜井侑斗は、俺であって俺じゃないのに。

「思い出すわけないだろ……婚約者の桜井侑斗のことだって、忘れてるじゃないか」

簡単に、忘れたじゃないか。
簡単に忘れたからって、簡単に思い出せるもんか。
万が一、愛だかなんだか知らないが、奇跡とやらが起こったとしても、そのときあの人の隣にいるのは、俺であって俺じゃない「桜井侑斗」のほうだ。
俺には関係ない。

じゃあ、なんで俺は野上の言葉を、根拠のない希望的観測を口にしただけのあの言葉を、信じたいと思ってしまうんだろう。

店に入ることも出来ずに、盗み見のような真似をして帰る俺を追いかけてきて、野上はまたあのくそ真面目な顔で言った。

「桜井さんと侑斗、全然似てないって言ったの、取り消すから」

一刻も早く一人になりたくて、そうか、とだけ応えて再び俺が背を向けると、あいつはまだ話は終わっていないとばかりにまくし立てる。

「侑斗は言葉はきついし、まるで大人っぽくないし、でも、僕が土手から落ちたとき、かばおうとして一緒に落ちたよね。僕のこと、いつもなんだかんだで気にしてくれて、助けてくれて、その、なんていうか、似てないんだけど、桜井さんとは。だけど、桜井さんも、君も、おんなじなんだ、優しいんだよ」

だから、君も、と声を荒げる野上を残して、俺はゼロノスへと駆け寄った。

ばか言え、同じなわけあるか。
重ねてきた時間の重みは、おまえだってよく知っているだろう。
時間と時間が重なって、その人の歴史を積み上げる。
だから容易に未来は変わるし、未来を変えちゃいけない。
俺たちはそのために戦っているんだろう?